クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

涼しい

いきなり涼しくなって、お盆前だというのに気分はすでに晩夏。

 

涼し気な晩夏の画像検索結果には、納得しかない。ちなみに、盛夏の画像検索結果は、嬉しい楽しい夏休み気分が溢れてた。夏休みで人の気配が消えた街。というのもなかなかにいいものだけど、生憎観光都市ではそんな気分は味わえず。

 

嘘をつくだけでは足りなくて、周囲の人が自分を見る目も自身の心のうちも納得させられなかったら、書いた。それもなっがーい物語を。という説は、それなり説得力があると思ってる。

 

誰かが善意を発揮しようとする。まさにそのタイミングで、いいとこ取りするのは僕たち私たちとしゃしゃり出てくるのは、利己主義者。

 

あるいは、何がしたいんだろうと思うことのすべては、失敗が許せない一大プロジェクトのための準備作業で社会実験とか。

 

思いついた警句っぽい誰得なフレーズ。書き貯めてたら、そのうち日めくりカレンダーくらい作れるかもねと、付箋を無駄使いしてる。あとから読み返すと、思いついた本人にも解読不能なことも多々起こる。

 

だって人間だもの。で逃げを打ちたいところだけど、所々意味が通じない日本語や、助詞がおかしい日本語を書いてると、これからはAI、それも学習中で発展途上にあるAIが書いてると思われるかも。初期のグーグル翻訳みたいに、あぁAIが書いてるなら多少変なのもしょうがないと、流されるように。

 

十年といえばひと昔前。

 

ひと昔前には人口減で悩んだ都内も今や人口が急増して、人口だけでなく観光客の急増が特需を呼んで、悩んだことが嘘みたいに活気あるエリアがあるのは、離れていても何となく感じる。

 

その一方で、人口増とも特需とも関係のないエリアもやっぱりありそうで、何が成否を分けたのか。PDCA好きな人なら、すでに改善に手をつけてそう。東京にも東京ローカルと呼びたいような雰囲気が残る部分があったけれど、今はどうなのか。

 

後から押し寄せてきた人たちが、以前からあったものに配慮や頓着せずに新しいものを作るのは傲慢だけど、傲慢な人は同じ目に遭うまでわからないから傲慢なんだよな。かといって同じ目に遭いやがれと、同じような災難ぶつけるのも傲慢っちゃ傲慢で。傲慢と傲慢の争いは、どこまでいっても不毛だから我関せずがいちばんで、触らぬ神に祟りなし。

 

あるいは、水でもぶっかけるのがいちばんやね。

 

暑さ、それも飛び切りの猛暑が人から理性を奪って、混乱が混乱を呼ぶ様子を描いた古い映画でも、盛大に水ぶっかけて水差すオジサンが居たね、そういや。

 

使えるものは何でも抵抗の道具に使う。その態度がまた暑くるしくて、混乱をヒートアップさせてたんだよな。古いことほどよく覚えているけれど、別に懐古主義者でもなし。いちばんパワーがあった時のものは、やっぱり今見てもパワーがある。

 

お休みなさーい。