クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

ちょっとそこまでラベンダー見に行ってきた

ラベンダーがちょうど見頃とはいえ、お天気の方が不順。天候不順でも、思い立ったらすぐ出掛けられるのが、近場のいいところ。今年も幌見峠のラベンダーを見て来た。

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混雑を嫌い、例年は早朝に見に行ってるけれど、今年は夕方に行ってみた。

 

18時以降はナイトタイムで、駐車料金がやや上がる。その代わり見に来ている人もまばらで、心ゆくまでラベンダーを鑑賞できた。人が居ないから、ラベンダー畑も撮り放題。3回目なんで、撮り放題と言っても控えめなもんなんだけどさ。

 

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夕方なので、次第に日が暮れてきて空がピンク色に染まってゆく。夕日とラベンダー畑と札幌市内を一望する眺望とのコントラストは、都市と自然との近さを改めて思い出させてくれる。夜景スポットでもあるので、もしもラベンダー畑がライトアップでもされていたら、より自然と人工物との対比が面白い景色になるかも。

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行った時はまだ満開には早く、“立ち込めるラベンダーの香り”というわけにはいかず。今週末ぐらいがちょうど見頃なはず。

 

一面のラベンダー畑。何度見ても、きれいでいい。

 

気持―ち、マンションその他の建物で、建て込んだような気がする札幌市内。いつもどこかで工事してるからな。

 

さて、都市と自然の近さを感じられる場所といえば、もう一ヶ所ある。八紘学園の花菖蒲園にも、また別の日に思い立って行ってみた。

 

生産地に近いほど美味しくなる法則で、ここのソフトクリームはやっぱり美味。コクがあるけど後味はさっぱりしていて、食べた後にも喉が渇かないのがいいところ。甘過ぎるアイスやソフト類は、喉が渇くんだよな。

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ポプラ並木を抜けると見えてくる、花菖蒲園。ちょっと遠くから見ると、お花畑感がより強い。白や紫。清涼感のある色合いがいいねぇと期待するけれど、思い立っていったもんだから、開園時期はすでに過ぎ、クローズしていた。残念。

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遠くから眺めるだけでも満足。思い立ってやってきた程度なので、期待に添わなくても特に落胆はなし。ソフトクリーム食べてるから、そっちでモトが取れてる。これが、何時間もかけてはるばるやって来てたらちょっと残念だけどさ。何しろ、ちょっとそこまでとフットワーク軽く出掛けてみただけだと、ま、こんなもんさと潔くなれる。

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一面の○○。北海道に来てから、思えば色々見たもんだ。

 

芳香を放つお花畑は、歩いていると桃源郷気分になれるのでやっぱりいい。ラベンダーとか百合とかバラとか。

 

観光のトップシーズン入りすると、大挙してやってくる観光客に遠慮して、有名観光地に近寄るのも恐れ多くなるけれど、次はどこかのガーデンにでも出掛けてみますかね。

 

2時間を超えるドライブを思うと、自動運転車が早く実現すればいいと思う。道は真っすぐで単純だし。レンタカーのオプションで自動運転車が選べると、遠くて面倒くさい時はそれでいいやとお任せしたくなる。

 

お休みなさーい。

まわり道

張り切って運動したあとは、もれなくぐったり疲れて使い物にならなくなる、わが筋肉の不甲斐なさ。テケテケ歩き回ったところで大した運動にはならず、肺活量が鍛えられるわけでもなし。今年初めて汗をかくような暑さを味わったけれど、それはきっと湿度のせい。

 

訪日外国人が飛躍的に増えた日本とはいえ、日本、あるいは東アジア特有の湿度にも強い外国人は、どれくらい居るのか謎。暑さ寒さという環境に対しても、寄り添うより攻略対象として空調でガンガン攻めていくスタイルは、より伝統的な西洋っぽい。

 

ミレニアム以降の、スマートな世代は知らんけどさ。

 

早くから欧米化されたアジアの国ほど、空調の使い方も贅沢というより節操なしで、建物内と外との温度差も激しかった。高温多湿な環境に弱いのは何も人間に限ったことではなくて、決してヒートアップさせてはいけないマシン類の管理も、ここ最近の気候だと大変やね。

 

温暖化で北へ移動しつつあるのもワインの産地に限ってのことではなく、温度管理が必要かつ電力食うものはすべからく北を目指すのかもね、かもかも。人が少なくて冷涼な土地の価値。住民じゃない人の方が、よく理解してるような気がしてしょうがない。

 

近過去を振り返ると、忘れてたような事件や事柄を思い出す。過去の延長線上に未来があるのに、過去を知らないのは適当な基礎の上に建物立てるようなものよな。

 

高校野球で活躍した、超高校級の桑田と清原。

 

桑田は大学進学を希望し、清原は巨人入りを希望してた。なのにドラフトの結果は、巨人が桑田を一位指名し、巨人希望を明言していた清原は西武に一位指名された。巨人と桑田の間に密約があったとか、当時は色々な憶測が乱れ飛んだ。

 

大人は子供に酷いことをする。

 

超高校級という、何年かあるいは何十年かに一度出るかどうかの逸材に対しても、18歳人口が続々と生まれ続ける時の扱いは、わりとかなり雑。選択にミスがあったとしても、母数が多ければ帳尻合わせは比較的簡単だから。

 

帳尻合わせに使われた方の人生は、修正には十年あるいはそれ以上の時間を必要とするんだから、不公正極まりない。

 

最終的に桑田は大学院に進学し、学位を取得。一方の清原は、西武で活躍した後に、念願の巨人入りを果たす。

 

最初から彼らの希望通りにいかないのが、プロの壁。と言ってしまえばそれまでなんだけどさ。希望を叶える前に腐る可能性だって十分にあったわけで、曲折を経て最終的には当初彼らが望んだ通りになったのは、彼らはやっぱりただ者ではなかったから。

 

ただ者でないことを証明するのに、余計な何十年かを過ごさせるんだから、それも一種の余裕。余裕がなくなれば、無駄な回り道なんて許されない。

 

そもそも若者の絶対数が少なくなった今では、若者の希望はより通りやすくなっている。業界に余裕がなくなれば、業界を回す若者の進む道もより直線に近くなり、視野狭窄にもなりやすいやね。

 

余裕が減ってるから働き手の母数を増やそうとしても、母数が少ないゆえの恩恵を手にしたあとで、その恩恵を手放せるかというときっと無理。既得権益化してるから。年齢に関係なく保守に向かうのは、手放したくない何かが増えた時。

 

映画『グラン・トリノ』で、クリント・イーストウッドが往年の名車を血縁でも近縁でもまったくない姉弟に遺すラストには、完全な同意しかない。血縁や近縁のギャングもどきやギャングに、大事な遺産を渡すわけないやね。

 

イヤーギャップ、あるいはサバティカル。アニバーサリー休暇とか呼び名は色々あるけれど、まわり道がちゃんと許されて機能してるのなら、その場所にはまだ余裕があるってことやね。

 

お休みなさーい。

染まりやすさ

このブランドでこんな製品始めて見た。と、思ったら新製品だった。

 

バーゲン会場に新製品を目立つ場所に置く。そもそもそのブランド目指して買いに来てるブランドのファンなんだから、新製品のお披露目の場としてはぴったり。ホイホイ買うかどうかは、また別の問題だけどさ。

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3年前のラベンダー畑。

3年前に行った、ちょうど同時期のラベンダー畑in富良野

 

札幌からだと、日帰りで行くにしても一日がかりの場所。天気がよくなったから、ちょっとそこまでラベンダー見に行ってくるわ、とはならないのが残念なところ。全国的には猛暑が話題になってるとこ恐縮なんだけど、今日も涼しいを通り越し、思わず寒っと呟く程度には暑さと無縁だった。

 

ひと通り欲しいものはもう持ってるから、特に欲しいものはもう何にもない消費者を動かすのは“可哀そう”というキモチ。勢いよく集まってくる義援金に支援金の集まり具合は、政府や自治体を動かす指標でもあって、指標になってるから、より早くより正しい数字を出してくれると重宝されるのかも。かもかも。

 

運動するとスッキリ爽快な気分になる代わりに、身体に残る筋肉痛が考える力を奪う。という、言い訳。行間スカスカ、文字数も少ない暇つぶし的な読み物も、読み通すのが楽ではないのは、登場人物に感情移入しにくいから。

 

実在した人物を豊富に取り上げた、現代史がテーマの本。ニュースでよく聞いた名前ばかりだから、きっと面白かろうと手に取ったものの、著者ほど同時代に生きたわけではないから、見てきたような解説がかえって頭に入らない。

 

その時代を知らない人にという配慮が、極小だからかも知れない。多分、同時代をよく知ってる人なら、面白く読めるんじゃないかと予想。時の権力者を、時に“ぼんくら”と呼んだりわりと言いたい放題で、その主観に染まっていいのか脳内赤信号が点滅する。

 

同時代同テーマを著者より詳細かつ一般的に語れそうな人は、早々居ないだろうという状況で、主観多目の語りが脳内赤信号を活性化させる。

 

その分野の第一人者がひとりしか見当たらず、異論を探そうにも早々見つからない状態だったら、言ったもんがち。これほんとに信じていいの???と首傾げつつだと、内容が頭に入ってこなくてもしょうがない。という開き直り。よくも悪くも真っ白な状態の方が、何でも染み込みやすくて染まりやすい。

 

お休みなさーい。

先週食べたものの振り返り

連休だと、ついうっかり今日が月曜日だということも忘れそうになる。自分のためだけだったら、そうそうちゃんとしたものは作らない。ということがよくわかる、手抜きだった先週。反芻するから、何を作ったのかという記録もより定着しやすくなる。書かないと忘れるのは、反芻する機会を失うから。

 

特に覚えておきたいほど複雑なものを作ってるわけでもないのも、手抜きの証。

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  • ミートソースのパスタ、グリーンサラダ
  • 煮込みうどん
  • ミートソースのペンネ
  • ザーサイ入りしゅうまい、オクラのごまマヨネーズ、トマト
  • 冷しゃぶサラダ、玉子焼き、スープ
  • パプリカとひき肉炒め、アスパラ春巻き、切り干し大根のサラダ、もずく 

アスパラガスは、春巻きにするとより甘みが増して美味しくなる。と、発見してからはよく作るようになったアスパラガスの春巻き。揚げ物よりもハードルが低いので、何でも包んでみればいいかもと閃いたけれど、春巻きというより最早サモサだな。

 

三連休の真ん中の日の真夜中。という条件は、よかったのか悪かったのか。ナショナリズムに火を付ける、スポーツの祭典もこれで一旦終わり。試合そのものよりも、一喜一憂する熱心な観客群を見ている方が、ある意味興味深い。その熱情、普段はどうしてるんだろう。ハンドル握ると、性格変わるタイプなのか。

 

あんまりピンときてないけれど、世間では夏休みまでもうあと少しで、観光のトップシーズン入りまであとわずか。

 

梅雨もどきで天候不順が続き、気温が低いせいもあっていまいち観光のトップシーズンも近いとウキウキした気分にはなれないけれど、街中では観光客の姿も増えた。お子様連れの観光客が多いと、お子様連れでも安心して観光できる街と印象もよくなる。だから近頃のホテルはどこも、ファミリー獲得に向けた仕様なんだな、と。あるいはラグジュアリー仕様。

 

それ以外の需要も多いからこそ、ホテルが足りない状態でもあるのかもしれないけれど。

 

きっと作った人の意図には反するけれど、プレスバターサンドは、サンドされたものを分け、別々にして食べた方が食べやすくて美味しかった。すまんな。その方が、サンドされたクリームの美味しさが際立つ感じ。

 

ステキなものや美味しそうなもの。技術が行き渡ったせいか、爆発的に数が増えた。数が増えたなかで、まずは名前を知ってもらうだけでも大変。本来は余裕の産物が、あり過ぎるほどにあると、凸凹をならしたい欲求もより高まりますわな、そりゃ。

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みかんのスムージー。

冷凍にしたハウスみかんと生のみかんで作ったスムージー。暑い。。というほどまだ暑くはないけれど、夏らしいおやつ。

 

お休みなさーい。

武とそれ以外

生鮮食品を買おうと思ったら、わりと複数の選択肢がある。

 

頻繁に買いに行ってる場所は、買いやすい場所。品数や価格に満足してるわけじゃない。複数の選択肢を比較して実感してるのは、生産地に近くなるほど品数は増えて価格もお手頃になるってこと。

 

消費地での購買力が落ちると、この傾向はますます強くなりそう。量がさばけないのなら、品数を絞って単価を上げる方向に進むはずだから。

 

ちょっとそこまで。

 

という感覚で産直野菜がいつでも手に入った場所に住んでた時は、わざわざ遠方から買いに来る人たちを、野菜くらいどこでも手に入るでしょうに。。という気持ちで眺めてた。今では、新鮮かつお手頃価格の両立は、決してどこでもできることじゃないと知っている。

 

高級レストランや料亭でもない一般家庭だったら、まずあきらめるのは新鮮さ。諦められない人は、レジャーを兼ねて遠方のファーマーズマーケットまで車出して買いに行く。あるいはお取り寄せ。

 

皆が皆そうできるわけではないから、冷凍や缶詰だって捨てたもんじゃないと、フレッシュな生鮮食品がウリだったお店も、いつの間にか商品の顔触れは変わっていく。のかもね。

 

開拓時代までさかのぼらなくていいから、例えば30年前の一般的な札幌の家庭の食卓がどんなものだったのか。わりと興味はある。今と違ってもっと魚食や北海道ブランドに寄ってたのか、そうでもなかったのか。

 

本州から離れた北の国という地理的な条件は、札幌という都市を擁していても、きっと「日本の平均的な姿」とは違ってるはずだから。

 

料理本として、長らくきょうの料理を愛用している。昔から食材探訪を兼ねて地方食も取り上げているけれど、そこはやっぱりメインじゃなかった。まだ一般的ではない外国由来のレシピをステキに取り上げていたり、失われそうな伝統食を取り上げたり。NHKがやってるだけあって、やっぱりどこか啓蒙的。

 

まずは材料が手に入らないんですが?ということも、たびたび。

 

そこがテレビの料理番組ならではで、ネットが主戦場になってアプリが主流になると、また違ったアプローチが可能よね。という目で見てる。

 

北海道で珍しいものは、まずはお城。それから観光客を呼べるような観光寺院。どちらも権威の象徴だけど、明治の新政府によって本格的な開拓が始まった来歴ゆえに、権威の象徴となる建物が、他の土地とはちょっと違う。

 

珍しいから、特になじみが薄いこともあってお城を見ると、脳内へぇボタンが連打される。

 

寺社建築は、権威の象徴とはいってもお城のような軍事目的は、特に日本の場合はあんまり感じられない。僧兵を抱え込んでたとこもあるけどさ。海外でも日本でも。断崖絶壁のような極端に侵入が難しい場所を選んでわざわざ建築された宗教建築の来歴を探ってみると、最終的には“迫害”に行き着くんじゃないかと予想してる。

 

お城といえば、立派な天守がつきものと思いがちだけど、実は天守を持たないお城も多いと知ると、意外。*1

 

日本を代表する建築物のお城だけど、立派な天守を持ついわゆるステレオタイプのお城は、実は戦国時代から江戸時代にのみ存在したもの。二千年以上ある日本の歴史の中でも、わずか数百年の短期間しか存在しなかった建築物が、日本を代表する建築物となっているのも考えれば不思議。

 

それに比べたら、寺社建築の歴史はずっと長い。

 

細部には、その時々の“流行”が取り入れられてるのかもしれないけれど、総体で捉えた時の寺社建築のイメージには、あんまりブレがない。北海道の場合は、多分積雪という気象条件ゆえに、わりと独特な形状をしてるとこもあるんだけどさ。

 

お城といえば、やっぱり軍事目的を抜きには語れない。戦争がテクノロジーを進化させる例と思えば納得で、平和になると進化は止まる。寺社建築は、表向き軍事とは別ベクトルのもの。

 

武とそれ以外と。異なる目的で建てられたそれぞれの建築物が、今では日本を代表する建築物となり観光資源となっている来歴は、深堀すればするほど技術の進歩という点でも興味深いかも。現在では再現不可能な技術を再現しようとする試みも、広義で捉えたら技術の一環かもね。かもかも。

 

明治の新政府によって本格的な開拓が始まった来歴ゆえに、権威の象徴となる建物がちと他の土地とは違う北海道で、権威を象徴する建物の作り手は、官と実業家。武力でもなければ、宗教でもない。平和と産業振興の時代に、権威の象徴となる建物を作れるのは、そのクラスタ

 

近頃評判の悪いGAFAだけど、彼らが残す本社は、後世の歴史に残る建築物になるのは間違いなさそ。虚業と実業の結節点になるだけにさ。

 

お休みなさーい。

*1:『城の科学 個性豊かな天守の「超」技術』より

インターバル

読み方は「ぽ」で慣れ親しんできたもの。「ぼ」と繰り返されると、違和感しかない。ローカルな人にとっては違和感極まりないものを持ち込んでもヘーキなのは、ローカルとは無縁の人。ローカルな人の言うことなんて、聞きゃしないんだよ、きっと。

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今シーズン初めて暑いと思った、束の間しか夏は訪れない北の国。つっても夜は涼しいんだけどさ。扇風機を出そうかどうか、迷ってる程度の暑さです。

 

食べるためではなく遊びのために持ち込まれた、ブラックバスに代表される外来魚に外来種。生態系を脅かすほどにまで増え、駆除に乗り出す頃には最初に放流した人たちの、影もカタチも見えない。なんてこともよくありそうで、ローカルとローカルじゃない人の溝は、だいたい長期に渡って涵養されてきた結果なんだよな。

 

食べるためイコール実需ととらえれば、実需がないものを市場に大量放出したら、市場が機能不全に陥るまであともうちょっと。市場が機能しなくなって競争が失われたら、独占までもうひと息。

 

独占が完成したら競争がなくなって、品質低下に文句つける人も減るから、最終的には独占を許した側の損になる。本来は、わりと満遍なく節操なくいろんなものを愛でたい派なのは、低品質で満足しろと言われたらむかっ腹が立つから。

 

ついでに、数が増え過ぎると生態系のバランスが崩れて既成の秩序も崩壊するから、一体何を信じたらいいのかわかりゃしない。という事態にもなりかねず、手に取るものをそのつど本物かどうか、価格相応かどうかを気にしながら生活することにでもなったら、煩わしい。

 

エキゾチックな異国のスークでなら、旅先でしか経験できないお遊びと割り切れるけれど、日々のこととなったら、ちょっと大変。大変な状態が日常の国も、そりゃ世界にはあるけどさ。

 

価格相応の本物が、ちゃんと用意されているのがちゃんとした場所。ちゃんとしてたはずの場所も、いつの間にかそうではなくなってたりするから悩ましい。

 

わずらわしいと言えばチップ。

 

サービス提供者とサービスを受ける側の、格差を埋める手段でもあるけれど、それなら最初から価格に転嫁してくれよと思わなくもない。価格に転嫁したところで運営者がちゃんと個人に支払うとは限らないから、提供者に直接渡すのがチップ。とか考えると、どこまでいっても哀しくなる。

 

チップが生計を左右するほど大きくなると、どうしたって、どうすればより効率よくチップを稼げるかと考えるようになって、割を食うのは一見さん。二度と来ない観光客相手ならわりとひどいこともできて、道徳で取り締まってもムリ。

 

暮らしが不安定な人に道徳を説くよりも、安定した暮らしへの道を開く方が道徳的ってもんよな。

 

天候不純が続くと、途端に運動不足になってサイズオーバーになりがち。天気のいい日には、せっせと運動しましょ。

 

お休みなさーい。

明鏡止水

少女に老婆、あるいはアヒルとウサギ。Aを描きながらBも描く。この種の騙し絵はよく知っているけれど、正式な手法を何と呼ぶのかは知らない。複数の解釈がある、ダブルミーニングの手法になれてしまうと、もう素直にものごとが受け取れない。

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最初から意図して描かれたダブルミーニングなら、狙い通りでなにより。

 

制作者の意図を越え、その気もないのに毒された鑑賞者の思惑が作品に入り込み、意図せざるダブルミーニングを背負わされることになったら、不幸だね。

 

日本語がわかり過ぎると、毒された鑑賞者の思惑あるいは先入観を、ついうっかり拾いかねないから、市中で聞こえてくる日本語比率が下がるほどに、その心配も減っていく。

 

ついうっかり拾いかねない街の声。シャットダウンするにはイヤホンが有効だけど、あいにくいつでも充電切れ。ワイヤレス充電。。欲しい。常に充電もしてないってことは今んとこ必需品じゃないってことで、必需品となった時にはちゃんと充電しましょ。

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正しいのはこっち。水面に写った木の影。

そのままではつまらないもの。

 

別の解釈を加えることで面白おかしく鑑賞できることは確かにある。あるけれど、そもそもつまらないものをつまらないまま受け取れる能力を磨く方が、面白おかしくするよりずっと大事よな。

 

箸にも棒にもかからないつまらなさではなく、わかることが少ないからのつまらなさ。面白いを増やそうとすれば、わかるを増やすしかない。と、部屋のすみにある積読本をじっと見る。

 

なかなか積読本の消化が進まないのは、うっすらと漂うダブルミーニングの気配が消えるのを待っているから。それなら、ダブルミーニングを汲み取りようもない、昔々の本でも読んでた方がマシなんだけどさ。

 

仮想通貨バブルにドットコム、あるいはITバブル。最初のバブルから考えれば、もう3回目くらい?

 

バブルも3回目くらいになると、どういう業種の人がホイホイお金借りてくれて、ホイホイ借りたお金でもきっちり返済してくれるのか。金融機関にはその種の知見くらい貯まってそ。

 

派手に借金重ねた芸能界の人が、往々にしてきっちりお金返してるのは、「顔」で借りたお金だからと思ってる。メンツや立場をひっさげた「顔」にお金が集まり、メンツや立場が生命線だから、必死で返す。返済できたら信用はまた上がるから、必死になって返すメリットもある。

 

メンツや立場をひっさげた「顔」で借りたお金じゃなかったら、あっさり自己破産して人生再出発する手法もあるのに取らないのなら、それはやっぱり「顔」を使って生きてるってことよな。

 

そういう場合もあるかもしれないという勝手な妄想で、勝手な妄想に走るのは、脳内にこびりついてるダブルミーニングの気配が消えるのを待ってるから。

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虚心に、あるいは無心に。ただ文字なり映像なりを、追い掛けたいもの。

 

お休みなさーい。