ディズニープラスのキラーコンテンツ(らしい)、『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』見てきた。
本編となる実写ドラマはすでにシーズン3に突入しているとはいえ、見るのは初めてなマンダロリアン。全9作からなるスター・ウォーズ本編との連続性を感じるのは世界観のみで、マンダロリアンもグローグーも初めて見るキャラクター。
とはいえグローグーは、どこからどう見てもヨーダの一族で、グローグーの存在が、新しいスター・ウォーズと古くからのスター・ウォーズを繋いでる。
なぜマンダロリアンとグローグーは行動を共にしているのか。マンダロリアンとは何者か。といったシリーズの根幹に関わることは、本編のドラマシリーズでどうぞ。
ということでもあるのか映画では詳らかにされず、別にそれがフラストレーションになることもない。マンダロリアンとグローグーは、時に死にそうな目に遭いながらもこんな風に旅をしてるんだと、旅のひとこまを鑑賞した。
マンダロリアンの肩の上がグローグーの定位置で、一匹狼で群れないマンダロリアンがまだ幼いグローグーを連れ回せるのもグローグーはフォースの力に恵まれているから。
幼い身体には不似合いなほど強大なフォースの力に恵まれたグローグーと共に旅するのも、腕白でもいいたくましく育て路線なのかも知れず、遭遇する敵も二本足のヒューマンタイプより、想像上の生き物が具現化したようなクリーチャータイプばっかり。
メカメカしい機械やロボットと人間、そして知性やフォースのような能力に恵まれた非ヒューマンタイプの生き物で構成されるスター・ウォーズの世界で、今回の映画では人間が活躍する割合はほんのちょっとだったのが、印象的なところ。
二度はごめんと思うような、ヌルヌルして気持ち悪いクリーチャー大暴れ。
帝国VS共和国という、勧善懲悪でわかりやすい物語だった旧スター・ウォーズと違い、マンダロリアンシリーズのテーマは一見わかりにくい。わかりにくいけれど、幼くしてすでに強大なフォースの使い手の片鱗を見せるグローグーが健やかに育つ、グローグーを健やかに育てるがひとつの大きなテーマなんじゃないかと思った。
帝国VS共和国との戦いのように、二項対立鮮明な状況では、正しい振る舞いは身に付けやすい。だけど、正しい振る舞いや身の処し方のために戦いに身を投じるならナンセンス。
旅をするキャラクターは多いけれど、ただマンダロリアンと旅を続けようとするだけでも、戦場ではない場所にあってさえ敵や障害物に遭遇する。
旅という、生きるためによりハードな道を行きながら、それでも適切な身の処し方を学んで生存確率を上げていく。そういう道行きに見えた。
ジャバ・ザ・ハットの息子という悪名を背負ったロッタとグローグーが仲良くたわむれるほっこりシーンがあったけれど、良くも悪くも背負わされるものが重い者同士は意気投合しやすいを現したシーンにも思えて、グローグーの無邪気さと相まっていいね!を百万回したい場面だった。
スター・ウォーズという、映画史に残る名作を背負って登場した、新しいキャラクターたち。しかも、スター・ウォーズが熱狂的に支持された時代と違って、現代では可処分時間の奪い合いはより激しい。
グローグーがまだ幼く、仕草は愛らしく、庇護欲を煽る仕様になっているのはきっとわざとだと思うけれど、それでもグローグーは可愛い。グローグーのようなキャラクターを、可愛いと思わせるのも技術。
アニメで表現しようとすれば、もっと簡単そうというシーンばっかりで、だけどスター・ウォーズはやっぱり実写じゃないと、スター・ウォーズらしくない。ついでに、スペースオペラにせずホニャララにした方がもっと簡単と、実写ドラマにせずアニメにした方がもっと簡単は、きっと相似形。
観客ニアリーイコール、ファンやユーザーとの関係性が、コンテンツの行方を決める。現在のコンテンツは多少なりともそういう性質を持っているものだけど、ファンやユーザーは、時に信じられない行為に及ぶ。
そういう環境で、小さな子供をスター・ウォーズシリーズの主役級に据えるのはすでに途方もない挑戦で冒険で、まっすぐな愛情が注がれないと、マスターヨーダのように愛されて尊敬される存在には化けない。
文化の衝突以前に、生きるか死ぬかという死線をクリアしながら、健全性の純度が高くなって磨かれていく。愛らしい可愛らしいと愛情を受け、愛されて尊敬される存在となるのか、それとも新たな道を行くのか。あるいは、失望や絶望を味わってダース・ベイダーのようになるのかは、グローグーを見守る人すべてに関わってくるのかも。
ドラマシリーズ本編より面白かったら、映画で満足してしまう。ドラマシリーズ本編に興味をもってもらう、あるいはスター・ウォーズという世界に興味を持ってもらう導線として、とてもよくできていたと思う。
マンダロリアンから真っすぐな愛情を注がれたグローグーは、マンダロリアンの危機には、勇敢かつ勇ましく駆け付け、可愛いだけじゃない面を見せる。これからも見たいのは、ただ可愛いだけじゃない姿。
雪まつりの会場で見なかったら、マンダロリアンのこともグローグーのことも知らないままだった。潜在的ファン層に訴えるタッチポイントは、これからますます重要になっていくんだろう。