クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

振り子

ビジネスホテルは、必要にして十分なものしか置いてないし置けない結果、機能性と快適性を兼ねそなえた空間となっているから居心地がいい。

 

もっと装飾が欲しい。もっと広さが欲しいと、足りないものを足していったらラグジュアリー寄りになるけれど、寝に帰る、あるいは休息を取るための場所と割り切れば、ラグジュアリーなものはなくてもいい。

 

ラグジュアリーなものが置いてないから、誰でも受け入れ可能。

 

インテリアやその他。ふんだんに高級品を使えば、「誰でも」いらっしゃいという訳にはいかなくなる。

 

建てても建てても足りないと言われる、観光地のホテル。マンション建設予定地もホテルに化けて、余るようになったらどうするんだと心配になるけれど、そしたら家具付きアパートメントとして貸し出せばいいんだよな。

 

そもそもホテルだから、掃除やルームメイクで、他人が部屋に入ってくることが前提の造りになっているから、留守の間の掃除その他も頼みやすい。部屋の仕様が統一されていれば、始めて入る部屋でもまごつくことなく、掃除やその他の仕事がこなせる。

 

個人の住宅は、当たり前だけど個人の趣味や嗜好が大いに反映されているから、個別性が高いと同時に、赤の他人を気軽に部屋へ招き入れるようになっていない。

 

収納術みたいなものが好きで、時々以上の頻度で眺めている。こうやったらおしゃれ☆な収納のすすめは、ある日突然他人が自宅に立ち入るような羽目になっても、他人がスムーズに作業できるようにするためなんだからな。と、暗示でもかけられているような気がして、見るだけ、眺めるだけになっている。

 

他人に私物を触らせる機会と言えば、まずは引っ越し。

 

移動を前提にしない暮らしは、どうしたってモノを貯めこみがち。スペースがふんだんにあるほど、そうなりがち。

 

年に一度、手に取るかどうかの物さえ捨てずに取っておいて、捨てられないものと一緒に暮らすのが生活とはいえ、過ぎると快適から遠くなる。親から受け継いだもの、記念の品に思い出の品。そんな物はなーんもなかったら、そりゃ暮らしはシンプルになる。

 

強制的にリセットされた暮らしでも、シンプルにならざるを得ないけどさ。

 

寝に帰るだけの場所で、身づくろいをするスペースがあれば十分で、食については別に面倒見てくれる場所があれば、寝に帰るだけの場所はシンプルになる。洗濯はコインランドリー、掃除は必要に応じて他人にお任せ出来たら、個人の持ち物は限りなく減っていく。

 

持たざる人が増えたらお店は売るものがなくなって、売るものがなくなったお店は街から消えて、街からお店が消えたら賑わいが消えるから、持ってる人になってもらおうと躍起になる。

 

リトマス試験紙的に、街でもどこでもつねに一方に偏り過ぎないように、振り子が振れてる。どちらかへの配慮が過ぎるとバランスが崩れて、バランスが崩れたままで振り子も振れないアンバランスな状態は、きっと不安定の源。

 

お休みなさーい。