クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

シャリシャリ

スルスルつるつると喉を通っていく、麺類を筆頭に冷たくて喉越しのいいものしか食べたくなくなる。それさえ食べられなくなる。

 

そういや夏バテというものがあったと久しぶりに思い出した、今年の夏。連日30℃越えの暑さで、油断するとつい冷菓でお腹を膨らませがち。”ちゃんとした食事”は意識して、あるいは頑張らないと喉を通っていかない。

 

トマトソースにラタトゥイユ

 

手のひらサイズの大きくて立派なトマトがあれば、夏っぽい何かを作ってみたくなるけれど、シンプルイズベストで凍らせてみた。

 

湯剥きして、食べやすい大きさにカットして冷凍庫へ。凍ったトマトにそのままドレッシング(きっと甘酢でも可)をあえて、パセリやシソあるいはバジルを飾るだけ。シャリシャリした食感と冷たさで、進まないはずの食が進む。

 

口直しにもなればデザートっぽくもあり、そもそも糖度が高いから甘みを加えない方が過剰にならず、後味もさっぱり。

 

本来個体差があるはずのものが、ケース丸ごとワンパック丸ごとちゃんと甘みが強いのは改良のたまもので、トマトひとつとってもどの銘柄にしようかと悩むくらい。

 

悩むほどの多様性があるなら消費者あるいは購入者に多様性があるからで、トマトひとつとってもいろいろ。

 

個々を見ればトマトは”これ”(と決めている)なのかもしれないけれど、トマトだったらこれ(この銘柄)なヘビーユーザーが5グループ集まれば5種類、10グループ集まれば10種類。だからやっぱり並んでいる銘柄の多様性は、選ぶ側の多様性の現われで、コロコロと変わる消費者の嗜好に合わせた結果でもあるのかも。

 

食感に食味。嗜好が次々に変わっても、そこにいるのは食べる人。

 

食べる人がいるから作る人がいる。食べる人作る人のバランスがちょうどいいものは、できあがってくるものもちょうどよく、バランスがとれた安定したものが揃うのかも。

 

夕方の空にはうろこ雲っぽい雲。そろそろ暑さもひと段落かと期待するけれど、どうしてなかなかしぶとい暑さが続く。水遊びにはちょうどいいんだろうけどさ。

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野菜でさえ、くだもののように甘くて糖度が高い。トマトのゼリーがあればジェラートだってある。トマトの次にはとうもろこしが控えていて、ムースにできるくらいだからジェラートだってきっと簡単。

 

糖度だけみればすでに果物とかわらない。だけどきっと、デザートやスイーツのイメージが強いくだものに比べれば印象はよりヘルシー。ヘルシーだからギルティフリーに近付いて、ヘルシー志向で甘いスイーツは避けがちな層の口にだって入るのかも。

 

見たことはないけれど、すでにどこかではトマトのかき氷だってちゃんとありそう。