札幌にしては蒸し暑い日。きっと不快指数も今シーズンで一番高いに違いない。
あんまり蒸し暑いせいか、鳩や雀が土の中に埋まって丸くなり、じっとしながら涼をとっていた。温められた空気は上空へと昇っていくものだから、空よりも土の中の方が涼しいんだな、きっと。北国育ちの鳥は、北国育ちの人と同じく暑さには耐性なさげ。
昔々、北海道開拓が始まったばかりの頃は、札幌でも今よりもっと水利が発達してたんだとか。市中を南北に流れる創成川は、街中、二条市場近辺では細々とした流れだけれど、北に行くほど流れはやや立派になって石狩川と合流し、最終的には石狩湾へと流れ込んでいる。
木材やその他、新都市建設に必要な物資を運ぶ水路として使われていたとは信じられないほど、現在の創成川の流れは細々。街中になればなるほど細く、道路が発達して水運が馬車や車といった陸運に取って代わられるほどに、現在のような細々とした姿に変わったのかも。
川の一部を埋めたり細くしたりせず、できたら往時のままの方がよかったのに。
と、現在の細々とした流れを生かした創成川公園を通るたびにそう思う。往時はどのくらいの川幅だったのか知らないけどさ。もしも今よりもっと立派な流れだったら、現在の創成川公園ももっと広々として、市民や観光客の憩いの場や軽い運動の場として、もっと賑わってたかもしれないのに。
そう思うのは観光客目線だからで、長く現地に住む人からはきっと違う意見も出る。
都市、それも観光地の繁華街にも近い場所に自然に近い場所があると、社会や文化の影響を受けていないという意味での自然人も自然と集ってくるだろうから、悩ましい。
都市のど真ん中に自然を取り戻そうとする試みは、日常生活が自然とはほど遠い人にとっての癒しになるからで、想定利用者としては日常生活が社会や文化の影響下にある人だと思ってる。
日常生活が社会や文化の影響下にある人が想定利用者だから、お弁当やランチを食べたり、本やスマホをいじりながら暇つぶししたり。あるいは、ひなたぼっこやお昼寝におしゃべり、軽い運動といった姿を思い浮かべるのが一般的。想定外の使い方、例えば愚行権を行使したり、愚行をアピールする場所として使うのはちょっと違う。
愚行をアピールしたり、愚行権の行使に熱心な側は、いつでも上手にそんな場所を見つけてくるんだけどさ。その種の行為に使われるくらいなら、柵で囲うか更地にするか。あるいはいっそ、有料化して利用者を選別するか。
誰でも憩えて集える場所は、愚行権の行使なんて想像もしなければ想定内の使い方しかしない人も、安心して使えるようになっている。愚行権の行使やその他に使うためで、想定内の使い方しかしない人はお断りなら、そこは誰もが集えて憩える場所じゃない。
観光客目線で現在の細々とした創成川を見るたびに、かつては新都市建設に必要な物資がここを行き交ってたとはとても信じられない。信じられないけれど、かつてのように水運が復活して、観光目的の船が例えば石狩川までのんびり行き交うようになったらちょっと面白い。冬季には雪に覆われるから、夏限定なんだけど。
今では水陸両用のボートもあるから、船で行けなない場所は陸路を行けばいいだけで。
かつてはそうだったという来歴は、観光を理由や目的にするとよりやりやすく、今となっては語る人もおらず、耳を傾ける人もわずかな知る人ぞ知る歴史は、観光に託して語ると伝わりやすい。
一般には広く知られてるわけでもない、秘された歴史のよき聞き手は観光客だから。観光地に行くと、へぇと思うような逸話込みで何かのモニュメントが残されていることがあり、観光バスや観光船にも、時には語り部が乗っている。
そもそも文章としてまとめにくい、まとめたとしても流通させにくいけれど後世に残したい。そういう細々とした歴史は、口伝に託して継承させると案外長持ちだったのかも。
ついでに書く場所は奪われたり無くなったりするけれど、口だけは最後まで閉じないし、閉じない口を閉じさせるのは難しいから、きっと長持ち。