クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

江戸と東京、二生を生き残った証言がフィクションの中に生きる

江戸と東京、社会が変われば組織も変わる。では、組織人は?

 

江戸幕府の組織である町奉行所が、東京府に組み込まれていく。その過程はどんなものだったのか。という興味から『江戸町奉行所 与力・同心の世界』を読んだ。

 

町奉行、与力に同心も時代劇や時代小説ではお馴染みのもので、イメージが出来上がっている。というよりイメージが先行している。イメージ先行の時代劇ではお馴染みの役職・組織を主人公に、本当のところはどうだったのかと、組織をつぶさに観察していた全5章から成る読み物。

 

江戸時代といえば260年も安定して続いた政体で、安定した体制のもとで文化も花開いた時代。とはいえ江戸は、世界史を見回せば新興の都市という指摘がまず面白かった。新しい都市は、古い都市とは立地も何もかもが違う。だからこそ組織も刷新できたはずで、江戸という新興都市に生まれた与力・同心という制度や治安組織は、上から下までこと細かに”しきたり”が決められている。

 

上から下まできっちり”しきたり”が行き渡ってる組織だから、組織が強かったという見方もできる。とはいえ窮屈そうで、フィクションの中に現れる、時には探偵役の与力・同心像より一見自由がないように見える。

 

上から下まできっちり”しきたり”が行き届いた組織には自由がない代わりに、組織から離れた場所では文化的交流が活発で、中には玄人はだしの人物も居て江戸文化の興隆に貢献していた。という指摘が、面白ポイントその2。

 

自由に乏しい組織が、闊達な江戸文化の興隆にひと役買っていたという構図は、公私の使い分けによって不自由さを逃れていたという意味でとても合理的。

 

そもそも幕末から明治への移行に興味があって手に取った本だったので、最も興味深かったのは第5章の『与力・同心の幕末維新ー江戸町奉行所の終焉』のパート。

 

やっぱり子飼いで新しい時代を始めるんだねと思う、維新後の新しい組織では、古い時代の生き残りは徐々に淘汰されていく様がもの哀しい。

 

もの哀しいけれど、最後まで与力・同心だった者たちは昭和のラジオ時代まで生き残った者もいて(寿命を考えたとき不思議でも何でもなく、江戸と東京の二生を生きている)、その証言は時代を越えて残された。

 

江戸時代は、江戸という新しい土地で新しい組織を始めたけれど、東京は江戸という隅々まで旧体制が行き届き、文化さえ盛んだった土地に新しい組織を作らねばならなかった。当然名前は変わっても良いものは引き継がれたはずで、名前を変えつつ新しい社会に応じた組織に作り変えていったはず。

 

その過程で零れ落ちる江戸のエッセンスのようなものは、新しい社会が安定に向かい、旧い時代を懐かしむ頃になるとフィクションの中で蘇るようになる。江戸の思い出や風聞は、時代小説を筆頭にフィクションの中に引き継がれ、後には映像作品となって現代まで続いている。という有り様は、新しい時代を迎える時の有り様として、納得感と既視感がある。

 

懐かしく思い出して振り返る。そういう思いを旧い時代に寄せる人が少数ではなかったから、語る人と語りを受け取る人双方に思い出が引き継がれ、イメージ先行の町奉行像が出来上がって引き継がれていったのかも。

 

裁くあるいは取り締まる側ではなく、裁かれる側が語って引き継いでいたら、実像は実像として後世に伝わっていたのかもしれないとも思った。


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今日は、ようやくこの時期らしくさわやかに晴れ渡って青空。昨日は雨のち晴れで、雨の中で踊る人たちもいた、YOSAKOI。YOSAKOIは、ヒラヒラと旗が翻って衣装もヒラヒラしていた方がそれっぽい。それっぽくないものもそれはそれで面白い。集団で踊る演舞という形式に、衣装や旗。どう考えても文化祭や体育祭の延長線上で、この時期の札幌中心部は、文化祭や体育祭のバックステージみたいで面白い。


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