クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

セカンドキャリア

一見リスキーであってもセカンドキャリアが確立されていると、リスキーという理由で敬遠されがちな何かは、息長~く続けられる安定した何かに変わる。

 

昼間見るよりも、夜に見た方がよりきれいに見える。夜景がきれいなのは、都市の証し。

 

都市の証しだから都市間競争に巻き込まれると、ビルやマンションが無秩序に建ち並ぶようになり、“眺めるとキレイな街”が出来上がる。眺めた時にキレイあるいはカッコいい街が、住民にとって住みやすいかというとそこはまた別モノで、ハイヒールで100メートルダッシュさせられるような背伸びや無理も生まれてくる。

 

昼間に眺めても気持ちいいあるいは過ごしやすい場所にアクセスしようとすると、たどり着くだけで小一時間やそれ以上かかる。それが、夜眺めた方がよりきれいで美しい都市のありがちあるいは陥りがちな姿で、都市と自然の距離が遠い。

 

夜眺めた時にキレイな街を、夜間に煌々と輝かせるには大量のエネルギーが必要で、緑いっぱいで豊かな自然を維持するには大量の水がいる。大量のエネルギーと大量の水。両方を兼ね備えた都市は、そもそもとっても贅沢にできている。

 

夜景も緑豊かな自然もどちらも絵になって、絵になるから広告効果も抜群なトロフィー都市となる。

 

今のところ、遠目にはあんまりきれいそうには見えない水の中を泳ぐスイマーと、その向こうにそびえる高層ビルやマンションとのコラボは、見ようによっては海峡横断より冒険的。

 

土地の高度利用で高層ビルやマンションが必要になる街。そこで、色んな使われ方をする水が大量に流れ込んだ川や水辺で人が泳げるのは、都市経営や都市運営が完成されている証拠で、本来は制御し難い自然利用に長けている証拠。

 

人工的なものをただ大量に作るよりも、人工的なものを使って非人工的な自然と相互補完させると各々の長所が最大限に生かされて、結果としてものすごく贅沢で豊かさの象徴のようなものが出来上がる。

 

人工的な競技フィールドの向こうに、広々とした青空と一緒にちょっとだけ高層ビルも見えている。個人所有はどう考えても困難そうな、地面のお値段が飛び切り高い、でも売買は不可能な土地の究極の生かし方は、結局その辺になるんだなと何となく思った。

 

ラソンと、多分競歩のゴールともなるオブジェは、見ようによってはゲートにも見える。地下から地上への出口は至る所で封鎖されていて、ちょっとだけダンジョン気分が味わえる。

f:id:waltham70:20210804190054j:plain