数日前には雪虫っぽいものが飛びかっていた。いつ雪が降ってもおかしくないほど冷え込んできた、今日この頃。台風被害を伝えるレポーターの人は、10月半ばなのに半袖姿で、あらまぁホントに日本は南北に長いこと。
薄着でヘロヘロ出歩けた、ちょっと前が懐かしくなったので、ちょっと前を振り返る。
ちょっと運動するだけで汗だくになったちょっと前は、身体を動かすにもちょうどよかった。運動したあとのご褒美は、この眺望と吹き抜ける風。気持ちいい風が吹いていた。
標高225メートルぽっちで、山というより丘に近い高さ。
この高さからの眺めなら、よく似た景色が臨める高層マンションやあるいは個人宅があってもおかしくない。そういう意味では、ありふれてる。とはいえ札幌の玄関口である札幌駅前からさほど遠くもなく、大した苦労なしでたどり着く景色とロケーションだと思えば、ちょっと貴重。(とはいえ杖代わりのストックでもあった方が、絶対にいい)
都市と自然、近くてびっくりさ。都市と自然がこれだけ近いと、そりゃ野生動物との遭遇も頻繁になってもしょうがない。。と、実感する、都市と自然の近さかな。
標高たったの225メートルぽっちながら、足元は悪いのでそれなりにアドベンチャー気分も味わえる場所。身体を動かすにもちょうどいいちょっと前には、遠足かそれとも遠征か、ちびっこの集団もわちゃわちゃと大挙して山登りしてた。
今ではちびっこも出現する場所ながら、最初期の北海道開拓の歴史も同時に感じられ、いっちゃん最初にこの道を切り開いた先人たちは、草葉の陰からちびっこの歓声に涙流してそ。
最初期の北海道開拓といえば、まさに命がけ。
そりゃ神仏にすがりたくもなるでしょうという、素朴な信仰の形が濃厚かつ現在進行形で残ってもいるから、運動目的以外でも興味深くて面白い。
明治維新後の日本で、国教となった神道がもっとも権威を持った場所といえば、きっと北海道。カミサマファーストだったことを物語るようにカミサマの居る場所はとっても立派で、すぐそばにあるホトケサマの存在感は薄い。別の場所ではホトケサマ、立派なんだけどさ。
明治の新政府が開拓に乗り出した、新しい領土。開拓が始まった当初の札幌には、和人は二人しかいなかったと、これは北海道開拓の歴史に関する何かで仕入れた知識。真偽は知らね。
廃仏毀釈の嵐からも遠い場所。歴史も伝統もない場所だから、すべてイッツニューで新しいものが根付きやすかった。そう考えると北海道神宮の立派さや、お雇い外国人と一緒にやって来たと思われるキリスト教の教会が、立派なのも納得。
ハードはイッツニューで刷新されても、ソフトな人の気持ちや習慣はそうそう変わらない。物見遊山気分込みで慣れ親しんできた、最も素朴なホトケサマ系は、いっちゃん立派なカミサマのお膝元にちんまり佇んでいる。
遠慮がちにちんまりと。その風情が、国教となった神道ともお雇い外国人系のキリスト教とも、金銀ザックザクのホトケサマ系とも距離があったのかもしれない、往時の素朴な民間信仰の姿を今に伝えてるよう。と、勝手に想像が広がっていく。
そんなことはなーんにも考えず。
遠足や遠征気分でただわちゃわちゃワラワラと人がやって来て、楽しいとか登るのイヤだとか疲れるとか。素朴かつシンプルな感情を大量にまき散らしてくれると、凝り固まった何かもあっという間に形を失くし、一緒になって楽しいとか登るのイヤだとか疲れるとか言ってそう。
あぁ疲れたと思った時。寄り掛かるのにちょうどいい位置にあるもんだから、素朴な民間信仰をカタチにしたものは、もとが素朴なだけに扱いが雑。カミサマと違って畏まり過ぎなくて、そこがまたいいんだ。