今に伝わる立派な建築物は、建築当時の技術力の高さや豊富な資金力を偲ばせる。
これを建てた人たちは、頭も切れるし辺鄙な場所にまでやってきて辺鄙な場所にまで資材を運ばせて作業にあたらせる、行動力や統率力だってあったはずなのに。なのにどうして、わかりやすい豊かさに背を向けてしまったんだろう。
と、思うような場所やモニュメントに出会うと、想像だけが果てしなく広がっていく。
生まれ育った国や土地、あるいは文化圏が豊かさをめざしてまっしぐら。そういう環境がやってくる時のキーワードは、“近代”だと勝手に思ってる。
そういう環境下で、豊かになれる方がどちらかもわかっているし、豊かになるやり方もわかっている。それでも豊かになれる方向に背を向けたなら、豊かになれるやり方が気に喰わなかったか、別のベクトル別のやり方で豊かさをめざしたかったのか。
近代を迎える場所を捨て、敢えて前近代的な場所をめざしたのならそう考える。
近代と一緒に進歩できるはずの人たちが、近代ではなく前近代の方を選ぶのは、後退ではなく先回り。近代がやってきた時、前近代的な場所で何が起こるのか。過去に学ぶまでもなく見当がつくような人たちはだいたい少数で、少数だから、少数しか選べず歩めない道だって行ける。
そもそも少数なのは、少数から脱落した時には多数の方に向かえばいいからで、多数派という受け皿が用意されていると少数派は単なるまわり道になる。
最短距離をめざさず、寄り道やまわり道ばっかり許されているのなら余裕の産物で、余裕の産物であるかぎりは少数派のままでいられる。
技術と資金。持ってる技術がお金を産んで、得た資金をより使いでのあるより辺鄙な場所に振り向ける。そういうサイクルを繰り返していると、近代に取り込まれずに前近代のまま、歳月を重ねていくことができる。
辺鄙な場所から時々、近代を迎えた場所を振り返ってみれば、近代に足りないものがよく見える。近代に足りないものは、往々にしてリッチや豊かさとはまた別のベクトルのもので、足りないままの方がリッチや豊かさに近くなりがち。
だから、先回りした方からだったらよく見える。
一直線に豊かになれる方向に背を向けたなら、豊かさにむかってまっしぐらになる理由がそもそもなかったか、豊かさを約束されたやり方が気に喰わなかったか。
背を向けて先回りした側が、常に寡黙で静かだったら満足してる。豊かさにむかってまっしぐらのはずが、沈黙を貫けずにおしゃべりで鬱憤を発散してばかりなら、ストレスに晒されている。
ストレスとイコールで結ばれる豊かさか。それともノーストレスの豊かさか。先回りする人たちは、だから少数しか選べない方を選んだんだな、と勝手にそう思った。