クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

センシティブ

そろそろふた昔前にはなろうかという、昔の話。

 

エスかノーか。国論を二分する、センシティブなテーマにアメリカが揺れてたらしい頃。らしい頃というのは、今みたいにSNSTwitterもなかったから、本当に全米がその話題で沸騰してたかどうかは、当時その国に暮らして人にでも聞かないと、ほんとのところは謎。硬派なニュースでもやってたのかもしれないけれど、より記憶に残っているのはフィクションで記述されてた方。

 

センシティブな話題が国論を二分していた(らしい)のは、もうすぐセンシティブなテーマ(何しろ宗教が絡んでる)に決着が着きそうな時だったから。

 

センシティブなテーマそのものよりも、センシティブなテーマについて最終的な意思決定を司る立場の人が、そりゃもうしつこくしつこく「僕たち私たちの話を聞け」という活動家に追い掛け回される、フィクションの中の姿の方がより印象深かった。

 

オフィスでもプライベートでも。

 

職場は、「僕たち私たちの話を聞け」というプラカードを掲げた活動家たちに包囲され、自宅に戻れば戻ったで、やっぱり同じありさま。オキュパイドウォールストリートでやってた抗議活動みたいなもの。気の休まる場所なんて、どこにもないじゃんという状態ながらも、フィクションの中の最終的な意思決定を司る人は、飄々あるいは淡々としていた。

 

ふた昔前くらい前の出来事だから、何しろ彼我の権力差に違いがあり過ぎる。いくら「僕たち私たちの話を聞け」と四六時中付き纏われたところで、絶対の権力者である方は、痛くも痒くもない。

 

そのくらい、ふた昔前だったら最終的な意思決定を司る側の人には権力が与えられていて、確かその役目については終身だったはず。終身だから、誰かが亡くならない限りそのポストが空くこともなく、終身に渡って絶対権力を握ることになるから、ポストに就く前には徹底的に査問、質問攻めにされていた。

 

数日間におよぶ執拗で念入りな口頭試問もどきの質問攻めをクリアして選ばれ、その選考過程もガラス張り。テレビでも中継してたはず。生放送だったかどうかは知らないけど。

 

誰を選んでゴールさせるべきか。そりゃもう事前チェックが徹底してたから、その代償に強大な権力を手にするのも納得できるような仕組みになっていた。

 

形式的でも、形骸的でもなく。誰かにお膳立てされてパスしやすくなった、とっても歩きやすいルートを通って選ばれてたわけじゃないから、選んだ側やただ見てるだけの側としても、代わりに強大な権力が手に入るのも納得できるような仕組みだった。

 

事実厳しい審査をパスしてきてるから、オフィスでもプライベートでも四六時中「僕たち私たちの話を聞け」という活動家に包囲されても選ばれた人は我関せずで、淡々とあるいは飄々としてた。

 

終身まで続く最終的な意思決定を司り、不動の権力を手にする。そんな人に必要だったのは、何にでも素早く反応する脊髄反射神経なんかよりも、何があっても我関せずで、淡々と飄々としてることだったのが、ふた昔前の権力者像。

 

権力そのものが絶対でもなく、吹けば飛ぶように儚いものになると、脊髄反射で何にでもどこにでも顔を出し、表面上は「権力、やっす」と思われるような姿になる。絶対権力が通用しない代わりに民主化が進むと権力は安くなり、安売りしたくない権力者ほど、お高くとまる方を選ぶのかも。

 

表面上は「権力、やっす」と思われる姿を選ぶのは、吹けば飛ぶように儚くなった権力のありように合わせて単に変化あるいは進化した姿。それでも何があっても我関せずで、淡々と飄々としている態度そのものは変わらなかったら、やっぱり最終的には何があっても我関せずで、淡々と飄々としてるしできる資質こそが、いっちゃん大事なことには変わりなし。

 

その国にとっては国論を二分するセンシティブなテーマであっても、たいていの日本人にとっては、なぜそこまで沸騰するの???と謎でしかない。だけど、宗教的なものって大体そんなもん。

 

お正月や、お正月代わりの行事、例えばクリスマスやその他。大事にしてるものが違う人との距離が近くなるなら、相手がタブーだと思うことについても詳しくなるか、タブーには極力触れないか。

 

いちいち沸騰する必要がなければサラっとやり過ごすのが現実解で、現実的な態度ってもの。いちいち沸騰するのはエネルギーが足りてない、エネルギー不足だってことを別の表現で表してるだけさ。