クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

壁の向こうはこんな世界だった、『東ベルリンから来た女』見た

壁を壊すための苦労や苦闘が遠くはるかなる記憶になって、今また場所を替え、壁を築くとかなんとかやかましい。あの苦労はいったい何だったんでしょうね、お父さんお母さん。

東ベルリンから来た女 [DVD]

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 (Amazonビデオ入りしてた)

キャッチコピーは

東と西。嘘と真実。自由と使命。その狭間で揺れる愛。(amazon作品紹介より引用)

 内容は、だいたいこれで合ってる。状況を説明するセリフもナレーションもごく控え目な、言葉足らずの映画で大人向き。語られざることは観客自身の言葉で補えってことかいな。

 

舞台となるのは、旧東ドイツ領のトルガウという街。日本人的には馴染みのない土地だけど、「トルガウ」で検索すると、トルガウの戦いやエルベの誓いといった来歴がヒットする。ヨーロッパの人にとっては、桶狭間関ケ原みたいな場所っぽい。

 

フィクションの舞台に選ばれるくらいだから、そこにはきっとそれなりの意味がある。

 

トルガウは、プロイセンとオーストリアが、連合国軍アメリカとソ連赤軍が睨み合った場所。1980年という設定の『東ベルリンから来た女』で睨み合うのは、自由の象徴である西ドイツ側へ女を脱出させようとする側と、管理国家東ドイツにとどめたい側。さてヒロインの運命やいかに?

 

眉間にくっきり皺が刻まれた、笑わない女性医師バルバラがヒロイン。美人なのに、勤務する病院ではめったに笑顔を見せることもなければ、無駄口を叩くこともなく、孤立上等な態度でのぞむ、感じ悪い人。

 

ベルリン(←都会)の病院から左遷されてきたという経歴は、周囲にとっくに知れ渡っており、同僚のような上司のようなライザー医師を除けば、あえて彼女に近づこうとする者も居ない。

 

感じ悪いバルバラだけど、医師としての技量は高く、患者には義務を越えて献身的で、いい医師なんだ。

 

さてそんなバルバラは、自転車を手に入れ通勤や生活の足とするようになる。医師であっても分断された当時の東ドイツでは、自家用車は容易に手に入らないものだったのか。それとも、西側への移住を希望して左遷された彼女だからなのか。

 

いつでもどこでも自転車でチャリチャリ、時には電車を乗り継ぎお出掛けするバルバラの行動は、いまいち挙動不審で、謎めいている。静かな文芸作品は、時にすぴーと健やかな眠りへと誘うものだけど、謎めいたバルバラの行動のおかげで、睡魔に襲われることはなかった。

 

あら、バルバラってスパイなのか?東西の分断という政治的な状況下、政治犯を疑われてもしょうがない状況で、しだいに明らかになるのは、これは愛のお話だってこと。

 

笑顔を見せないバルバラが、とびっきりの笑顔を見せるのは、たった一人にだけ。

 

彼女と彼のあいだに何があったのか。

 

そこには一切触れられてないけれど、危険を冒しても彼女を救おうとし、救おうとする手を懸命に掴もうとするバルバラの姿に、ふたりの歴史が垣間見える。

 

なのに。。というラストに感じたのは、人類愛。あるいは博愛。あるいは人道という道。

 

ディープ・インパクト』を思い出したと書けば、わかる人にはわかってしまうネタバレではあるけれど、『ディープ・インパクト』と違うのは、壁はいつかは壊れ、分断にも終わりが来るところ。

 

そのチャンスはごく僅かでも、次の機会を待てるのなら、機会のない者に譲ることは、誰にでもできることなのか。

 

我さきにと、蜘蛛の糸に取りつく方が利口な生き方であっても、その生き方を選べない人もいる。まったく笑顔を見せず、孤立上等で生きる人が見せる愛、しかもごくさりげなく、葛藤を感じさせない行動なところがミソ。大きすぎる代償を伴っているのに、惜しむ気配を微塵も感じさせずに、強い。

 

強い人だから、捨てられる。

 

バルバラの決断を、喜ぶ人も居れば、悲しむ人も居る。彼女が大きな決断をするところで映画は終わるけれど、余韻もたっぷり。

 

壁が壊れ、分断に終わりが来た時、彼女はもう一度選ぶことができる。環境が変わっても変わらなかった関係は、バルバラが人道に基づく決断をしたことで揺らいだのか。新しい生活(そのままとも言えるんだけど。。)を選んだように見えて、その実まったくそうではないかも知れず、後日譚の方がとっても気になる。後日譚が、あったとすればの話だけど。

 

引き裂かれたことでかえって燃え上がった愛だったのか。それとも、永遠に続く愛だったのか。

 

人道に対して信念を見せた人の、選ぶ愛や愛情の対象は、人間臭く移ろいやすいものなのか否か。綺麗にまとめてくるから、つい邪推したくなる。「別にあなたのためじゃないんだからね!」という台詞を脳内補完したくなる、決まり悪そうなバルバラのラストの表情が、とっても人間臭くて、いいんだ。

 

フィクションはフィクションでしかないとはいえ、当時の雰囲気を知る助けにはなる。分断が終わったあとの世界は、『グッバイ、レーニン!』で垣間見た。

 好きスキ大好きチョー愛してる、な恋愛はどうでもいい人にもしっくりとくる、人間ドラマだった。

 

お休みなさーい。