Metroというフリーペーパーを一時期愛読していた。
タイトル通り地下鉄の駅周辺では容易に手に入り、新聞を買うほどではないけど新聞っぽいものが読みたい時に重宝してた。英語を母国語としない人でも読めるような平易な表現で、時事ニュースから芸能ネタまで広く浅い内容を扱っていた。
“平易な表現“というところがポイントで、母国語ではないものを新聞級のボリュームで読もうとすると、スラスラとはいかないから時間がかかって大変。平易な表現だと、スラスラとはいかないまでも、いくらかはショートカットできた。
今だったら平易な表現を使ってない、母語としない人にとっては読みにくい新聞であっても電子版を購読し、難解だと思ったら翻訳モードで読めばいいだけ。
「唄」には媚びやへつらいが、「謡」には偏見やデマがまぎれこみやすい。
NYTのような高級紙の電子版購読者が増えたらしいけど、媚やへつらいあるいは偏見やデマともできるだけ無関係なものを探せば、たどり着くのは結局経済的に自立している媒体。媚やへつらいあるいは偏見やデモからも自由になろうとすると、速報できる内容は減るに決まってる。それでも、媚やへつらいあるいは偏見やデマをたっぷり吸い込むよりよっぽどいい。
デマをまき散らしたい人が、赤信号一緒に渡りましょ♪と手を繋げばデモになる。
ニューカマーが続々とやってくるエリアでニューカマーに親切なのは、ニューカマ―にこそ顔を覚えてもらいたい人やモノ。
今年は、奥さんにも内緒で危険な任務についていた人が、オオアリクイに食い殺されてから一体何年経つのか知らんけどさ。あぁこれはオオアリクイ系と思う見出しで、読者の興味を惹く。その手のスパム的手法をもっとも嫌ってきたのはきっと、スパムメールのお掃除をさせられる人に違いない。
スパムメールのお掃除に時間を奪われるのに嫌気がさすと、次に手を付けるのは構造的にスパムを受け付けないような改変。
人に喜んでもらえるお仕事もいろいろあるけれど、慣れて惰性でもこなせるような低位安定したお仕事から、さらに高度なお仕事へと人を移動させると、きっと喜ばれる。慣れて惰性でもこなせるような低位安定したお仕事は、繰り返しが苦にならない人やモノ向き。
今日はまだ日差しがあるけれど、最高気温も最低気温もマイナスとなる真冬日も珍しくない厳冬期。雪が降ったあとの晴れ間は、すっころびやすくて要注意さ。