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クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

メリル・ストリープがダメ母を演じる『幸せをつかむ歌』見てきた

映画 レビュー

ハリウッドの優等生的イメージのあるメリル・ストリープが、いい年こいてロックシンガーを演じる『幸せをつかむ歌』見てきた。実の娘との共演ということで、あら娘さんどんな感じかしらと軽~い気持ちで見に行ったら、炸裂する“母の愛”にノックアウトされた。めっちゃ良かった。

 歌を愛し、ミュージシャンになるために私たち家族を捨てた母親。数十年後 私は結婚したけど、旦那に捨てられ、またしても一人になった。自暴自棄に陥っていたそんな時、あの母親が帰ってきた。大っ嫌いな母親、大っ嫌いな彼女の歌声・・・だけど、私を孤独から救ってくれ たのは、彼女の勇気と愛情と、魂の歌声だった―――。

https://filmarks.com/detail/59332 より引用

あらすじ

ロサンゼルスのやや寂れた、平均年齢高めのライブハウスで歌うリッキー。昼間はスーパーでレジ打ちをしながら生計を立てる日々で、自己破産申請中。週休550ドルちょっとのお給料は、扶養の範囲内で働く日本の主婦にとっては悪くないお給料だけど、保険別・年金別で女ひとりアメリカでやっていこうと思ったら相当厳しい。


『幸せをつかむ歌』予告編

 そこに舞い込む過去からの声は、別れた夫からのヘルプコール。離婚した娘が精神的に不安定になっているので助けて欲しいと請われ、はるばるインディアナポリスまで出掛けてゆくリッキー。

 

別れた夫が住むのは、ゲーテッドシティの豪邸街。街の中に入るのでさえセキュリティチェックが必要な、“あちらの世界”。髪型もファッションもロックンローラーなリッキーは、ゲーテッドシティ内では浮きまくり。はるばる出張って来たものの、娘も「なんで来たの?」とリッキーには冷たい。素っ気ない。

 

立派な夫と別れた反動で、ロックに傾倒したのかと思いきや、そうでもないらしい。昔っからリッキーはロッカー。昔は一緒にやんちゃしてたのかもしれない夫も、年齢相応に落ち着きと財産を手に入れて、今は新しい妻を迎えている。3人の子供たちも、幼い時はいざ知らず、今ではリッキーとは距離がある。

 

離婚のショックで精神的に不安定な娘を演じるメリル・ストリープの娘さん、最初は素晴らしく不細工。髪はボウボウでお風呂にも入らず、精神安定剤のお世話になっている。かなりヤバい状態。そもそも娘と確執のあるリッキーは、娘を立ち直らせることはできるのか!?という感じでストーリーは進む。

 

アウェーな場所ではリッキーの魅力は伝わらない

長男も次男も見た目は折り目正しく、父親似。離婚のショックで壊れる前の娘ジュリーの人となりはイマイチ謎だけど、リッキーが家族の中の異分子であることは間違いない。リッキーは魅力的な人物ではあるけれど、彼女が自分の母親だと子供としてはちょっと複雑。なんせ現役ロッカーだし。いい歳になってもロックンロールなファッションで、上品なレストランに一緒に入るのも恥ずかしい。

 

リッキーは負け犬、ルーザーに支持されるタイプの人。ホームであるロスのライブハウスでならリッキーの生き方を理解してくれる人も多いけど、成功者が集うゲーテッドシティは、アウェー中のアウェー。もしも彼女がロッカーだけど弁護士や医者で、フォーマルファッションに身を包んでいれば話は違ったかもしれないけれど、生憎そうじゃないから家族とは微妙。

 

微妙なんだけど、今や娘ジュリーもゲーテッドシティ内では微妙な存在になりつつあるから、微妙すぎるリッキーの存在がかえって頼りになる。「ゲーテッドシティ内の人たちと私は違う」。同じ価値観に染まれないという違和感を抱いたジュリーに、産みの母と育ての母の二人が力を合わせ、彼女が生きやすい居場所を作ってあげるお話でもあった。

 

ライフスタイルが異なれば、家族でさえ分かり合うのは難しい

リッキーは自分に素直で自由な人。元夫の生きる保守的な場所は、ドレスコードもマナーも厳しくて、愉快にやりたいだけの人にとっては息の詰まる場所。家族だったものの、元夫は今や遠い人。子供への愛情は変わらないけれど、彼が楽に呼吸できる場所は、リッキーのような負け犬には居心地が悪い場所。

 

元夫、ライフスタイルは保守的だけど、ガチガチに頭が固い人でもない。今の奥さんを見ればそれは明らかで、思想的にはリベラル。人種や肌の色へのこだわりは薄い代わりに、行動様式へのこだわりはめっちゃある人。人からどう見られるかに敏感。

 

一方のリッキーは、ライフスタイルは自由人だけど、ブッシュに2回も投票した本質的には保守な人。ジェネレーションギャップと収入格差からのライフスタイルギャップもあって、エシカル消費にも懐疑的で息子世代とは折り合いが悪い。地球に優しいロッカーのシャウトはどこかへなちょこだから、エシカルである必要もなし。

 ・不在がちだけど、ピンチには駆けつけてくれる母と

・栄養ある食事で日々の送り迎えと、きめ細かな愛情を注ぐ母と

懐きやすいのは、餌付けする人。仲良くなりましょうという意図がわかりやすく、たわいのない話がしやすいから。リッキーのようにロックないで立ちの人に、何話し掛ければいいんだと悩む必要もなし。

 アメリカのライフスタイルは多様過ぎて、子供は混乱

 “パパの奥さん、ママの旦那さん” は、ライフスタイルに合わせてパートナーもチェンジしていく社会ではありがち。パパの世界を良しとするのかママの世界を良しとするのか。子供にはふたつの選択肢があって、相互に行き来していれば視野の広い子に。片方の世界に捕らわれていれば、視野狭窄な子になってしまう。

 

この作品では自らの意思も込みで視野狭窄に陥っていた娘の世界を、父親ではなく母親二人が力を合わせて広げていく。母親同士も確執はあるんだけど、そこは置いといて。娘が居心地の悪い思いをしないよう、母親二人が力を合わせるところがとにかくいい。

 

いがみ合わないように。少数の人に必要以上に我慢をさせないために。世間体を気にする父親が、娘に我慢を強いて世間を取るなら、母親は異分子を世間に混ぜて世界を広くする。娘の居心地が少しでも良くなるように願って。娘を「次世代」に置き換えても通じるくらい、愛情が炸裂してた。

 

ついでにリッキーが気のいい人とつるむのは、気のいい人は底抜けに優しくて、宝物でさえあっさりと手放してしまうから。

 

持てる人の狭量な部分と、持たざる人の気前のいい部分の対比がわかりやすすぎるけど、そんなものかもしれないと説得されてしまう。もうね、いがみ合うためにがなり立てて不和をまき散らす人よりも、アメリカはさっさと女性を大統領にしたらいいんだよ。いがみ合わせることは得意でも仲直りさせることはできない。そのくせ女性の素行や行状には厳しいとか、あーうるさいめんどくさい。次世代が生き辛い世界を残してどーすんのさ。

 

ライフスタイルの異なる者同士が寄り集まった小集団に、橋を架けましょうよと歌い上げる母親の愛、そういう映画だった。メリル・ストリープの歌も良かった。変幻自在に母親を演じるメリル・ストリープはやっぱりすごい。

 

お休みなさーい。

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