クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

『バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生』見てきた

バットマンVSスーパーマン。ガチで闘ったら強いのはどっち???という好奇心で見に行った。もっと闘ってばかりの映画かと予想してたので、思ってたよりシリアスな場面が多くて戸惑った。ヒーローとダークヒーロー、二人が同時に活躍するには、地球小さ過ぎ。

 

知識がある人が見た方が楽しめる映画

バットマンことブルース・ウェインの回想シーンから始まるこの映画。バットマンもスーパーマンも名前は知ってるし有名だけど、そういやよく知らないわーという無知な人にも配慮して、時々説明が入るので親切。スーパーマンの映画を見るのは初めて、バットマンダークナイト三部作のどれかを見ただけという、スーパーヒーローものとは無縁な人が書いてます。


映画『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』究極のバトル編 予告【HD】2016年3月25日公開

スーパーヒーローものとは無縁なので、スーパーマンクラーク・ケントで新聞記者ということは知っていても、宇宙人だったとは知りませんでした。知らないことが多いから、知ってる人が見れば嬉しくなる(あるいはうざく感じる)仕掛けにもキャラにも気づけずスルー。知識がある人が見た方が楽しい映画。あるいは、予習してから見た方がより楽しめる映画だった。知識が無さ過ぎると、文句も出ない。ふーん、でだいたいこと足りる。

 

前半はワクワクした、後半はしりすぼみ

スーパーマンが悪と闘って大活躍するおかげで、街は破壊に見舞われる。ヒーローの破壊行為に文句言いたげな、ベン・アフレック演じるバットマンがクール。地獄への道は善意で舗装されている光景を目の当たりにした人は、そりゃ善意に懐疑的にもなるでしょう。

 

スーパーマン超人で超法規的存在だから、裁くことも難しい。スーパーマンの善行による被害を“これでいいのか”と裁く、あるいは善行に一定の制限をかけようとする前半のストーリーにワクワクした。

 

この作品で初めてスーパーマンに出会ったら、怖いという印象が先に立ってしまう。ロイスへの偏愛も理解を越えていて、バランス感覚に欠けたヒーローという残念な印象になってしまう。一方のバットマンは、犯罪者であることを自覚しつつ善行を行う。深く誰かを愛してるわけでもないから、彼の善行は博愛にも通じてる。

 

ジャーナリストでもあるスーパーマンの正義感は、時代遅れだと作品の中でもたびたび非難されている。スーパーマンに対してめっちゃ分が悪い。ジャーナリズムはお金も稼げなくて、そのくせ組織や社会を揺るがすスクープは、時に世の中の発展を足止めするから嫌われる。

時代の空気がヒーローにも影響して、自己犠牲の精神で世界平和を守るヒーローに対しても疑義を抱く設定が面白い。できるならその設定で最後まで引っ張っていってくれれば良かったのに、途中からトーンが一転するから残念。

 

ヒーローとダークヒーローが直接対決するのは誰のため?

信じる正義はそれぞれ違ったまま、ヒーローもダークヒーローも適材適所で活躍してれば無問題。それでは盛り上がりに欠けるからか、レックス・ルーサートリックスターとなってかき回す。

 

バットマンとスーパーマンヒーロー二人が殺し合いをする意味が、どう考えてもわからない。殺し合えとけしかける人が居なければ、彼らには直接対決する理由もない。バットマンとスーパーマン、一体どちらが強いのかという大衆の好奇心を満たしてはくれるけどさ。そのうえ大衆を満足させるためか、自己犠牲の精神で世界平和を守って来たヒーローを、葬ってしまう。あらら。

 

次作以降の世界観、どうなるんでしょう

最期はワンダーウーマンも参戦しての大バトル大会。倒す相手が明確な、敵と味方のわかりやすい展開は、バトルシーンが楽しい人にはきっと楽しめる。ストーリーを重視する人には物足りないけどね。

 

複雑に絡み合うストーリーが好きなので、複雑なように見えて、絡み合ったり縺れ合ったりする部分が少ないところは不満。なので、スパーマンはなぜ死ななければならなかったのかと考えて、勝手に複雑にしてみる。

 

スーパーマンの死は、ダークヒーロー待望論の裏返しかもね

よその惑星からやってきた超人スーパーマンは、故郷につながるものに触れると弱体化(wikiで仕入れた知識)するけれど、地球では無敵。偏愛する女性が居て、彼女たちの危機が絶対正義のよりどころになっている。彼女たちに危害を与えるもの、害をなすものが悪という思考パターンの前には、法もルールも歯が立たない。

 

バットマンは、努力と財力とテクノロジーで強くなった、元々はお金持ちに生まれた普通の人。ダークナイト三部作と違って、特定の女性もいない。バットマンの善行のベースは人にはなく、街や会社など組織やシステムに対する不正や腐敗への怒り。システムに仇をなすからスーパーマンも悪認定される。

 

組織やシステムを円滑に運営するための、必要悪として暴力も一部容認しているから、システムに乗っかっている人からみればヒーロー。悪人にも恩恵がおよぶから、バットマンの在り方はより博愛に通じてる。

 

スーパーマンはジャーナリストでもあるから、社会の不平や腐敗に対する怒りも持っている。ついでに偏愛する女性たちに危害を及ぼすものも悪だから、スーパーマンの正義、あるいは善とするものは、バットマンに比べるとより狭量。

 

バットマンの前では善な人も、スーパーマンの前では悪になってしまう。誰もが悪と無縁でいられる社会が理想だけど、世の中には仕事を選べない人もいる。社会のシステムや仕組み上生まれてしまう、汚い仕事に手を染める人も容認するかのような描かれ方のダークヒーローがバットマンスーパーマンよりフレキシブル。フレキシブルに善と悪を使い分け、要領かましてお金稼ぎたい今の気持ちによりぴったりくるから、スーパーマンは死なねばならなかったのがDCコミックの世界。

 

という理屈をひねくり出して、ようやくすっきり。

wired.jp

 スピンオフ作品という名の二次創作、今後も生まれ続けるようでよかったね。ストックの活用は大事だね。

お休みなさーい。