ひとことで言えば、とぼけてる。一風変わったおかしみが味わえるオランダ映画『孤独のススメ』を見てきた。タイトルに反して中身はコメディー。哀しみというスパイスもふんだんに取り入れて、わかりやすい喜劇ではなかったけれどこういうのも好き。
オランダの田舎町、単調で振り子のような毎日を生きる男やもめのフレッド。人づきあいを避けひっそりと生活していた彼の元に、ある日突然、ことばも過去も持たない男テオが現れる。帰すべき家もわからず、やむなく始まった奇妙な共同生活だったが、ルールに縛られていたフレッドの日常がざわめき始め、いつしか鮮やかに色づいていく―。
心のままに生きることは難しい、でも大切なものに気づかない人生ほどわびしいものはない。すべてを失くした男が、名前すら持たない男から学んだ幸せとは―?(映画フライヤーより引用)
公式ともなると解説文も素晴らしい。そうか、こういう説明しにくいタイプの映画はこういう風に紹介するのか。。と、ことばの魔術に感心してる。
どこまでも人家が途切れない都会と違って、ちょっと遠出すればこんな景色が広がる地方生活者だもの。
片田舎が舞台の映画には親近感もわく。オランダの片田舎が舞台となっていたので、見に行った。
登場人物も少なく、物語の舞台もおもにフレッドの家や近所に生活圏。フレッドの生きる世界は小さな世界で、その中でも特に人づきあいを断っているのが主人公のフレッド。中年も過ぎたおじさんです。
小さな世界とはいえ、教会のメンバーや近所の人と、楽しく交遊することもできないわけでもない環境でなぜそうしないのか?偏屈な人嫌いなのか?
性格による部分も大きいけれど、それよりも小さな世界、クローズドサークルで孤立を選ぶ人は「訳あり」のケースがもっと多い。そして互いの人となりや、「彼に何が起こったのか」をすっかり承知しているクローズドサークルの中の人は、彼の事情には立ち入らないのが作法と心得える。
かくして訳ありで孤立を選んだ人は、孤独の中で自分を律して生きていくしかなくなる。
度が過ぎるほど規則正しい生活を送るフレッドが、まずはおかしい。
何かにとらわれてしまった人間のおかしさを、滑稽に描いているけど深く考えたら哀しくもある。規則正しく文化的に生きることをよすがとする姿は、よすがにするものはもう規則正しい生活しかないことの裏返しだから。
それさえも失ってしまえばどこまでも自堕落になり、もう普通の人には戻れないのかもというフレッドの「ぎりぎり」感が現れてるようで、切なくもある。
フレッドが音楽として楽しむのはバッハだけ。それも逆に言えばバッハしか音楽として楽しめない何かがあるのかと思わせる。
規則正しい生活を送るフレッドだけど、実は規則正しい生活を送れるほどに回復したかもしれず、だからこそ規則正しさに執拗にこだわるのかとか。どこまでも臆面通りに受け取れないのが、フレッドというキャラ。
フレッドの前に現れたテオはことばも通じず、普通であれば警察や役所など、しかるべきところにおまかせするタイプの人。常識的に生きる常識人のフレッドが(予告編に表示されている、冒頭の台詞に惑わされてはいけない)、テオとともに暮らすことで、みずからを閉じ込めていた「心の檻」からも自由になる姿を描いてた。
オランダ版レリゴーでありのまま。挿入歌も「This Is My Life」と、肯定感を後押しする。登場人物各位が、それぞれの人生と和解する物語でもあった。
基本無表情なフレッドが、たまに見せる激情あるいは逆上が見もの、もとい見せ場となっている。淡々と日常を生きているように見える人のハードモードな人生が、その瞬間浮き彫りになるから。
シリアスにやり過ぎると重くなるから、重くなり過ぎないようブレンドされたユーモアが絶妙。急転直下のラスト15分くらいから、「そうくるか!」と机バンバン叩きたくなった。叩く机がなくて残念。
哀しさがおかしさに反転すると、突然すべての景色が違うものに見えてくる。そんな瞬間を、たいへん鮮やかに表現していていい。
「オランダの片田舎が舞台」というキーワードに惹かれて見に行ったので、ある種の“色”がついた映画とは事前にまったく気づきもしなかった。
公式サイトを探すためにグーグルさんに映画のタイトルを放り込んだら、この映画に先入観を植えつけるかもしれない情報が上位にきたので、そうなのか???と思ってる。ニッチな人たちの熱心な応援も時には必要かもしれないけれど、狭い範囲に閉じ込めるのはもったいない映画。だって「とらわれていたものから解放される」映画よ、これ?
訳ありで孤立する人の孤独を癒すのは、事情を忖度しない(あるいはできない)人という組み合わせが、かえすがえすもスバラシイ。
大傑作と呼ぶにはパワーが足りないけれど、急転直下のラスト15分のおかげでとっても魅力的になっている。見終ったあとは、まるで良質な短編小説を読んだかのようなキ・モ・チになった。
もともと、僕はそういうテーマを意図して作ったわけではないのですが、それを強調するのはオランダの人ではないのかもしれませんね。オランダでは日常的な世界です。(上記記事内より引用)
監督・脚本:ディーデリク・エビンゲ
出演:トン・カス、ルネ・ファント・ホフ、ポーギー・フランセン、アリアネ・スフルーター
原題:Matterhorn、2013年オランダ映画、86分
お休みなさーい。