30℃越えの暑さに負けて、今年初めて扇風機のお世話になる。エアコンのお世話にならなくても済むあたりが、北国仕様。夜になると、風も冷たい。
Amazonビデオで、たまりにたまったウォッチリストの消化活動に励む。つっても、そんなにサクサク進むわけないんだけどさ。内容に興味はあれど、映画館の大きなスクリーンで見るのは躊躇する、ひと癖もふた癖もあるオッサン映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』を見た。
特別カッコよくもないオッサンの、入浴シーンつき。
大きなスクリーンでは見たくないでしょ、そんなの。とはいえその入浴シーン、もうちょっと詳細に言えば、バスルームを書斎に変えて、寸暇も惜しんで脚本を書き続けたトランボを映した写真こそが、映画製作陣に大いなるインスピレーションを与えたのだとか。
第二次大戦が終わって間もなく、1947年のアメリカから物語は始まる。
“赤狩り“によってハリウッドを追われた売れっ子の脚本家トランボが、再びハリウッドで活躍するまでを追った人間ドラマ。
資本主義の盟主かつ二大政党制のアメリカにも共産党があると聞くと、今でこそ違和感を抱くけれど、大恐慌、ファシズムの台頭を経て、支持者を獲得。第二次大戦でソ連と同盟国になると支持者も増えたけれど、終戦を経てソ連との冷戦が始まると、事態は一変。国内の共産党支持者は反愛国的として、弾圧を受ける。という、時代背景。
ハリウッドで最もギャラの高い脚本家の一人であったトランボは、労働運動を経てアメリカ共産党(C.P.U.S.A)に戦前に入党。若い頃の情熱に忠実なまま、自身が生活に困ることはなくとも、同じ映画産業に属する待遇の悪い人のために動ける人。
才能に恵まれ、才能を生かして生活の糧を得ている人が、生活の糧を奪われても思想を曲げず、恵まれた才能を生かして再び世間に帰り咲く。
と言ってしまえば簡単なんだけど、帰り咲く場所は、ハリウッドという才能がひしめく場所。
オッサン。法廷侮辱罪という前科もち。おまけに有名無名を問わず、“愛国的”な多くの人を敵に回している。そこからどうやって、再び這い上がるのか。トランボという、異才・異能・傑物というキャラクターが、ただひたすら興味深い。
『ローマの休日』のようなロマンチックラブストーリーを生み出す一方で、『ジョニーは戦争へ行った』のような、シリアスな小説も書く。
そして、生活のためにホラーやモンスターものといったB級映画も、書いて書きまくる。
多作かつ、執筆スピードも尋常でなく早く、生活のすべてを執筆にあて、家族も総動員するという“非常態勢”に耐え切った。普通の人にはできないことの、ことごとくをやってのけた。
だってこの人もともと、“普通”じゃないから。
ハリウッドという当時の映画産業の最先端で、最も高いギャラを取っていた、そもそも上から数えて何番目の人。その人を、寄ってたかって普通の人が叩き潰そうとしても、潰せるわけがない。
潰そうとした人の中には、ジョン・ウェインのような人気俳優や、ヘレン・ミレン演じる人気コラムニストが居たとしても、高潔さにまさるトランボが結局は勝つ。
歴代のアカデミー受賞作品のことごとくは、たいてい人の善性にスポットをあてている。
思想信条にとらわれず、勇気や高潔さ、逆境に負けないストーリーで観客を感動させてお金貰ってる産業の足元で、まったく真逆のことが行われていたら、観客だってソッポ向く。
同時代の才能あふれる人を潰して、損をするのは業界そのもの。だからトランボの才能を認めている人は、世間の評判がどうであれ、彼に手を差し伸べる。
この映画では、意外な作品の意外な誕生秘話が明らかになったり、意外な人物の、ある種想定内の人物像が垣間見られるところも見どころのひとつ。
例えば『ローマの休日』。
オードリー・ヘプバーンの鮮烈な美しさに惚れ込んで、彼女を世に出すために脚本家があの素晴らしい物語を書き上げました!な方がステキなのに、実はもっと世知辛くてドッロドロ。
それで作品の魅力が損なわれることもないから、作品と製作者の事情、あるいは思想信条は、まったく作品には影響しない。トランボの事情が広く知れ渡ることになろうとも、今さら『ローマの休日』にケチがつくこともない。
逆に想定内として描かれるのが、ジョン・ウェイン。西部劇でたくさんのヒーローを演じながらも、トランボに「戦時中はどこにいた?」と問われて激高する。ヒーローを演じるのが大好きな人が、現実には必ずしもヒーローではないことを皮肉っていて、こことっても好き。
“大衆のヒーロー”が、ある局面ではヒールとなるのとは真逆に、予想外の人物が、予想外の局面でファイティングスピリットを剥き出しにするシーンも好き。
トランボが“地下”に潜っても書き続けていることを察知した愛国者たち“アメリカの理想を守るための映画同盟”側は、どこまでも生活の糧を奪いにくる。だけど、知ったこっちゃないと反撃するのは、トランボに書く場所を与えたB級映画会社の社長さん。
俺は金と女のために仕事してんだ (セリフより引用)
というセリフの前には、理想は役立たず。同じ思想に染まった人と行動してると、世間の多様なモノサシが、見えなくなっちゃうんだね。。
後半は、役に立たない理想を掲げ、多様なモノサシを前に綻びを見せる“アメリカの理想を守るための映画同盟”側が逆襲されていく過程と、トランボの家庭の綻びを同時進行させながら進む。
反撃するための力を得たトランボが、徐々に表舞台に姿を現していき、トランボが脚本を書いた『スパルタクス』をケネディ大統領が「いい映画だね」と褒めたところで、暗い時代も終わる。時は1961年で、ハリウッドは十年以上の時間を無駄にした。
地下に潜ったはずの人間に、二度もオスカー獲られてるんだから、ナニやってたんだって話。
逆境に負けなかった傑物と、傑物を積極的に埋もれさせようとする人と、埋もれさせまいとする人を同時に描きながら、この映画がもっとも描きたかったのは、誰もが傷ついたこと。
上から数えて何番目かの才能に恵まれて、結局潰されずに生き残ったトランボさえ傷ついた。
地下に潜ったとはいえ稼ぎまくったから、財政的にも大きなダメージを受けなかったとはいえ、それは才に恵まれた彼だからのこと。
同じように思想信条を理由に赤狩りにあった、同時代の多くの人は、そうじゃない。そしてトランボたちの次に傷つくことになるのは、トランボたちを傷つけた側。
表面上は傷さえないように見える人でも、理想やきれいごとを口にするたびに、今後は決まりの悪い思いを抱くようになる。口から出る理想やきれいごとが、これからは単なるセリフでしかなくなってしまったら、虚しくてしょうがない。
互いに傷つけ合ったことさえオープンにし、生き残った人にさえ「傷ついた」と堂々と言わせる。負の遺産でさえエンタメに昇華するのが、ハリウッドのハリウッドたる所以か。
転んでもタダでは起きない、ほんとに恐ろしいところ。
自分たちを豊かにしてくれたものを、決して裏切らない。生き残るための知恵は、きっとそこにある。
王道でもなければ、覇道でも邪道でもない。彼、トランボにしか切り開けなかった道だから、ドラマにもなった道。安易な模倣は厳禁さ。面白かった。
トランボ ハリウッドに最も嫌われた男 ハリウッド映画の名作を残した脚本家の伝記小説
- 作者: ブルース・クック,手嶋由美子
- 出版社/メーカー: 世界文化社
- 発売日: 2016/07/02
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こっちは生い立ちなど、映画に描かれる以上にトランボその人に踏み込んでる。
お休みなさーい。