インターネットが研究者などごく一部の限られた人のものから、「普通」の人のものへと変わりゆくごく初期の頃。『ワイアード』は、テクノロジーに強くてテクノロジーの登場が世の中をどう変えてゆくのかを解き明かす、「奇妙な」雑誌だった。
1990 年代にアメリカ初『ワイアード』誌の日本版編集長を勤め、数々のメディア系企業やウェブサイトを立ち上げた小林弘人氏が「インターネット普及以後」を語る 書、『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』を読んだ。この本は、インターネットが普及したら誰もがメディアになると予言し た、2009年に刊行された『新世紀メディア論』のいわば続編ともいうべきもの。
~*長文です(3296文字)~
インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ
- 作者: 小林弘人,柳瀬博一
- 出版社/メーカー: 晶文社
- 発売日: 2015/01/24
- メディア: 単行本
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日経ビジネスチーフ企画プロデューサーである柳瀬博一氏との対談をまとめたQ&A形式なので、とても読みやすい。読みやすいけれど、原始時代化した今のネッ ト環境や、そこからのサバイバル術や組織論までと内容は幅広い。平易な言葉でとりとめもなく、今とこれからを語り尽くせるところが、驚きポイントその1。 インターネットビジネスの最初期から生き残って、どうやら現在も絶好調らしい人を作ってきた、ブックリストとおすすめWebサイトリストつき。
・新世紀メディア論
・ウェブはグループで進化する
・友達の数は何人?-ダンパー数とつながりの進化心理学
・オウンドメディアで成功するための戦略的コンテンツマーケティング
・MARKERS
・ファスト&スロー
・予想どうりに不合理
・ワークシフト
・グロースハッカー
・インサイド・アップル
・リーン・スタートアップ
・ゼロ・トゥ・ワン
・フラット化する社会
・年収は「住むところ」で決まる
・グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ
・星新一の本 数冊
・ケヴィン・ケリー著作選集1
上記の本をすでに読んでいる人にはあるいは物足りない、「こばへん」初心者向けと感じられるかも。「こばへん」と呼ばれる人のスゴさを初めて知った私のような人には、インターネットビジネスの来し方いく末を考える上での入門編としてピッタリかも。
小林弘人氏にしろ柳瀬博一氏にしろ、成果物、作ったものの方がお馴染みで、作った人のスゴさはちっともわかってなかった。そんなにすごい人だったのかというのが、驚きポイントその2。リストにあがってるような本を読むだけじゃなく、そこに書かれた内容を自分のものにしてビジネスに生かして、ちゃんと成功されてるんだから、やっぱりすごい。
こ の本、表紙が「ギャートルズ」になっている。スマホの普及で、インターネットは本格的に「普通の人」のものになった。LINE、Facebook、 Twitter、インスタグラム、ブログ、Tumblr、ソシャゲ-、その他いっぱい。普通の人が自由に発信できるメディアツールを手にしてつながりあっ た結果、最大でも150人程度の、互いの人となりを了解し合った村がいくつも発生。
あ る程度気心の知れた者同志で原始的コミュニケーション、単純な情報のやりとりをしている。いいねとかいいねとかいいねとか。たまに美味しいとか眠いとか有 り。その状態は、インターネット黎明期に濃厚で熱い時間を過ごし、渾身の力を込めて言葉で思想のやり取りをしていたような人からは、シンプル過ぎるから 「ギャートルズ」。母数が増えて薄くなった状態を、うまく言い表してる。
途中からとはいえ、立見席で無責任な野次飛ばしてた方だから、感覚的になんとなくわかる。
で もね、原始時代だからうかうかしてたらマンモスに踏みつぶされる。マンモスが喜んで踏みつぶしたくなるようなタブーに踏み込まない限りは、安心快適。聞き つけられるとヤバそうなことは、顔を合わせた時に話せばいいんだから、みんながお利口になった結果とも言える。お利口になった弊害として、「お友達」の声 の方が、メディアの看板背負った「有識者」の声よりも大きくなった。
「お 友達」がくれる”いいね”は気持ちいい。心地良さに慣れてしまったら、一方的に告知されるだけの冷たいアナウンスには、心も動かない。旧来型マスメディア のやり方を続けていれば、どんどん「お友達」の多い人の声に勝てなくなる。そう分析した上での処方箋が示されるので、零細個人ブログ書きにも参考になりま した。
母数 が増えた今、人通りの少ない場所での小商いでは、先行きがあんまり明るくないことはわかってる。明るい方をみんな目指すから、取り残されてますますパッと しなくなる未来も容易に想像できる。リキッド化するコンテンツ、アート&サイエンス、体験型コンテンツに編集力。時流に乗るのが上手な人、あるいは待った なしでサバイバルせざるを得ない人は、ちゃんと新しい時代の作法に適応して成功してる。
現 実社会、それはWebよりも大きなメディアかもしれないし、どこかで開かれている小さなワークショップかもしれない。とにかく、現実社会に飛び出した 「村」の人が増えた。新しい作法を身に着けた村人の参入で、「お友達がたくさん居る人」の顔触れもちょっと新しくなった。でもさ、新しくなった顔触れが、 今までと同じことをアナウンスしてたら興ざめもいいとこ。
ICT にIoTついでにビッグデータ。新しいテクノロジーが、これまでの生活を根こそぎ変えてしまうのか。根こそぎ変わる世の中に、自分の居場所はあるのか。明 るい未来予想図を描けなくて、つい俯いてしまうような人には、201頁からの”「フラット化する世界」は、実はエリア限定”を読んで、じっくり考えたらい いよ。
我こそは明日の「こばへん」にならんと志す人向けの、ありがたーいお話ばかりでもなく、そうはなれない人向けの話もちゃんと用意してある。
時 代の最先端にピッタリついていってる人は、いつだってそんなに多くない。この本ではシェアエコノミーについても章を割いている。はっきりいって鼻持ちなら ない事も、書かれてるんだけど。勝手にやってればと思うエピソードも散りばめつつ、成功した人による、世直しならぬ、世の中リデザイン願望を露わにしてい て、面白い。
看 板背負ったメディアの「有識者」よりも、いいねをくれるお友達の声の方が大きくなったギャートルズの世界。先月3月にはルミネの動画広告が炎上して、ルミ ネは素早く問題となった動画を削除した。削除されちゃったから、ルミネがその動画広告で、本当は何をアピールしたかったのかは、永遠の謎となった。「今何 が起こっているのか」。見通しが良くなったかわりに、奥行きは浅くなったのがギャートルズの世界。
最 大150人くらいの、互いの人となりを了解し合った村の世界は、言い換えれば常に「どこ住み、どこ中卒か」と問われ続ける世界。ちょっと検索すれば何でも すぐわかったような気になれる万能感と引き換えに、窮屈さを手に入れた。インターネットあるいはテクノロジーの進化が、多数の人に窮屈を強いる社会をもた らしたんだったら案外ツマラナイ。適度な距離感をもってお付き合いする、都市生活者でありたいもの。
上手にサヴァイブ出来た、少数の人にだけ最大幸福をもたらすんだったら、イラネ。
暇な時間の奪い合いの中で、そう言われてそっぽ向かれたら困る人だったら、ちょっとは(本当は大いに)肝に銘じた方がいいことが書かれてた。
零細個人ブログではあっても、やりたいことは勝手にミーツリージョナルでアド街で雑記ブログ。消えてゆく、変わっていくものをアーカイブしていきたいのよ ね。今この時何を考えているのかなんて、その最たるものだったりするんだけど。都市生活者としての適度な距離感を保ちながら、最適解をゆるゆると考えてい く。