クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

思い出のニンジンとクルミとカッテージチーズのサラダ

やたらめったとニンジンのサラダ、いわゆるキャロットラペが好きで、うさぎにも親近感がわく。うさぎがキャロットラペを食べるかどうかは、知らないけどさ。

 

普段作る時はテケトー。テケトーに慣れて正規レシピが不明になったら悲しいので、書き起こし。記録するの、大事ねー。元は雑誌か何かに掲載されていたレシピを切り抜いたもの。

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【材料】

  • ニンジン 1本 
  • クルミ 10粒~15粒(好みで) 
  • 酢 大さじ3 
  • サラダ油 大さじ5 
  • 塩小さじ1/3 
  • 砂糖少々 
  • カッテージチーズ 1/2カップ

ニンジン1本はよく洗い、皮をむいて千切りにする。

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千切りに使うのは、年季が入っただけのチープな野菜カッター。チープなだけに長持ち。壊れようがない。洗いやすいところが、何より気に入ってる。

 

千切りバージョンのスライサーもあるけど、食感がいまいち気に入らないので、薄切りにした後に包丁で千切りにしてる。単なる個人の好みです。

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ボウルに塩、こしょう少々、酢、砂糖を入れてよくかき混ぜる。

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さらにサラダ油を加え、ドレッシングを作る。オリーブオイルでもいいけど、クセがないサラダ油で作った方が、美味しいと思ってる。

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クルミは、食べやすい大きさに砕く。

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ドレッシングに、千切りにしたニンジン、クルミを加え、食べる直前まで冷蔵庫で冷やす。

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食べる直前にカッテージチーズを加え、完成。

 

上場前のクックパッドにアカウントを持っていて、備忘録的に細々とレシピをアップしていた。(アカウントは上場前に消滅させた。さして情熱も持ってなかったので)このサラダは、ピックアップレシピか何かに取り上げられたせいか、コメントやつくれぽが自分的には結構ついたレシピ。

 

そもそも備忘録的なメモ代わりに持っていたアカウントなので、コミュニティへの帰属意識も毛頭なし。相当頑張って活動されてるアカウントを、ゴクロウサマナコトデ~と冷めた気持ちで眺めてた。

 

寄せられるコメントの大半は、「あんたのレシピにコメントしてやったから、私のレシピページにもコメント頂戴よ」的なものだったので、大抵はスルー。その中で、とある方から寄せられたコメントは今でもよく覚えてる。

 

東北が出身か東北にルーツのある方で、故郷ではニンジンとクルミの組み合わせは料理にもよく登場するとのこと。クルミには、ニンジンのアクを取ってくれる(もしかして逆だったかも。。自信なし)作用があることを教えてもらった。

 

どうでもいいようなコメントがほとんどだったから、真面目に取り合った真摯なコメントは珍しかった。珍しかったから、何年も前のことだったのに、よく覚えてる。

 

今みたいに、色んなアプリやサイトが乱立する前のお話。リアルの世界でニンジンのサラダについて語る場なんてあるはずもなく、ましてやコメントのような反応があるとも思っていなかった。どこの誰とも知れない人から、その後何年にも渡って覚えてるようなお役立ち知識を伝授してもらう経験が、とにかく新鮮だった。

 

今となっては、秋ならかぼゃちゃにさつまいもにリンゴと、季節のレシピやお役立ち豆知識が、こちらが求めるまでもなく飛び込んでくるようになった。しかも大量。

 

そういう出会い方をする限り、何年にも渡って覚えているような、記憶に残るような出会いにはならないんだな。

 

マシン、人工知能によるリコマンドには限界があるけれど、数撃ってもかすりもしない対人コミュニケーションにも期待薄。結局そこは、リアルと変わりゃしない。マシンのご託宣を日常にしていると、たまーに聞こえてくる生の人間の声が、えらく重々しく聞こえるようになるものさ。

 

お休みなさーい。

さっぽろオータムフェストに足運びまくり

衣替え、手をつけ始めるとキリがない。使わないのに取ってある物が多過ぎで、物減らしたい。。

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大通公園で開催中のフードイベント、さっぽろオータムフェスト。晴れの日も曇天の日も、デパ地下がわりに便利に使ってる。

 

写真を撮った日もあれば、撮らない・撮れなかった日もあり、食べ物の写真は少な目。写真には残ってないけど、胃袋にはさまざまな種類のフードが詰め込まれてる。

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(これはパン。日替わりで色んなパン屋さんがやってくる)

この日は天気も良かったので、写真映りもよし。キラキラしてる。おしゃれなLOGOSのキャンプ用品が、いっそうおしゃれに見える。

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 イベント会場で、もっとも大事な情報。小さなお子様連れも多いから、どこにトイレがあるか、パンフレットでちゃんと予習して挑みましょ。

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(これはスパークリングワイン。飲みやすくて美味しかった)

8月末で閉店したさっぽろスイーツカフェも、イベント限定で復活。嬉しいね。毎年定番となってくれれば、もっと嬉しい。

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ポメリーのシャンパンもお目見え。すごーく洒落たフードブースを設けていて、ブランドイメージを大事にしてる。お値段もびっくりするほど高くなくお手頃で、正しいPRの姿って感じ。好感度高い。

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おやつを探しに来たり、小腹を満たしに来たり、あるいは夕食のおともを買いに来たりと、目的は日によって違う。その場で食べる日もあれば、テイクアウトすることもあり、テケトーに使ってる。

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買い出し目的の人も多く、カートいっぱいに何やら買い込んでる人もあり。楽しみ方は人それぞれ。

 

あると便利なのは、レジャーシート。混み合うと椅子やテーブル席は争奪戦となるから、座席難民となった時にはいさぎよく芝生に座る人になれる。備えあれば憂いなし。

 

食べ歩きやすさを考慮してか、串焼きや揚げ物など多しで、そこは縁日の屋台とあまり変わらない。美味しそうな匂いに釣られ、考えなしにアレもコレもと物色してると、いつの間にか、胃もたれ・胸やけに襲われる。

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(揚げ物にやられた後に食べる蕎麦、しかもかけ蕎麦、うまし)

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パンもあれば米もあり。「一週間前に刈り取ったばかりの新米」「枡山盛りでお買い得」のキラーフレーズに、心も鷲掴み。こういう掘り出し物があるので、オータムフェスト散策はやめられない。

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舞い散る落葉に感じる秋の気配。ひと雨ごとに寒くなって、秋は駆け足で追い越していきそう。天気のいい日が少な過ぎる。

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(アップにすると美味しそう。実際は、見本写真との違いに憤慨してた)

実店舗の出店もあれば、一期一会の出店もあるせいか、時にはハズレもあり。肉しか見えなかった見本写真と違い、野菜マシマシでお値段据え置き。解せぬ。

 

アタリもあればハズレもあり。それもお祭りの一環で、事前リサーチを怠らない準備のいい人は、長蛇の列におとなしく並んでおりました。多分、それが正解。

 

さっぽろオータムフェストに散財する秋も、それなりによし。

 

お休みなさーい。

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ギャツビーが初めていい奴だと思えた、ディカプリオ版『華麗なるギャツビー』見た

アメリカで最も多く映画化されている、スコット・フィッツジェラルド原作の『華麗なるギャツビー』見た。ディカプリオ主演バージョンで5回目の映画化だとか。アメリカ人にとっての『細雪』みたいなものか。

 生涯非婚率が上昇を続け、恋愛あるいは結婚できない・しない人が増えている今見ると、ディカプリオ版ギャツビーに共感できるところ大かも。

 

小説も何度か読み、ロバート・レッドフォード版の映画も見たけど、今回初めてギャツビーがいい奴だと思えた。

 

たいへん有名な作品だけど、内容はこんな感じ

宮殿のような豪邸に暮らす、謎めいた男がいる。彼の名は、ジェイ・ギャツビー。どこから来たのか?どうやって大富豪になったのか?仕事は何をしているのか?いったい何のために、毎夜のように豪華絢爛なパーティを開くのか?誰一人その答えを知らない。果たして、彼が人生のすべてをかけた<秘密>とは?

Amazonビデオ内容紹介より引用)

 謎の男ギャツビーを演じるのがディカプリオ。作品全体の語り手は、ギャツビーの大豪邸に隣接する普通の家に暮らす、青年ニック。ニックとは親戚関係にある女性デイジーと、その夫である傲慢な大金持ちのトムが、主要な登場人物。

 

名作と誉れ高い作品ながら、小説も過去の映画も(つっても一作品しか観てないんだけどさ。。)ちっともピンとこなかった。ぶっちゃけ面白いとは思えなかった。タイトルに個人名、しかも偉大なんて形容詞で修飾されながら、ギャツビーがちっとも魅力的に見えなかったから。

 

グレートとついたリング名を持つプロレスラーが、ちっともグレートじゃなかったら詐欺じゃん。

 

今回ディカプリオが演じることと、現代人が見てもわかりやすいよう、彼の善性や善き面にスポットをあてたストーリーに脚色することで、ギャツビーの偉大さもわかりやすくなってた。

 

彼がお金持ちになろうとした理由は、ひとりの女性のため。パーティーピーポーそのままの乱痴気騒ぎも、すべてひとりの女性をおびき出すため。

もともと上昇志向の強い青年が、自分とは対極の立場にある良家の子女であるデイジーと恋に落ち、人生の目標を手に入れる。成功のための階段を最短で駆け抜けたのも、すべてはデイジーを手に入れるため。

 

ところがデイジーは、ギャツビーの成功を待てずに大富豪のトムと結婚する。

 

しかし、そこで諦めないのがギャツビーのすごい、もとい常軌を逸したところ。ストーカー気質なんですわ、ギャツビー。大恐慌以前の1920年代のアメリカでは、大金持ちのデイジーは、セレブタレントのようなもの。タレントのようなものだから、新聞や雑誌の社交欄でも記事として取り上げられてる。そして、デイジーに関連するすべての記事をスクラップしているのが、ギャツビー。

 

キモッ、コワッとドン引きしそうなところ、デイジーがそうならないのは、この二人はもともと恋人だったから。

 

戦争がなければ。戦場からもっと早くギャツビーが帰還することができていれば、デイジーだってトムと結婚することはなかったのかもしれない。

 

ディカプリオ版のデイジーは、ひなぎくのように可憐でイノセントで、「かもしれない」と思わせる雰囲気たっぷり。原作だとデイジーは、もっとビッチ。ってか、結構エキセントリックで面倒なタイプだったんだけど、イノセントで可憐ってことにしておくと、ディカプリオの執着も、説明がつきやすい。

 

なぜディカプリオ、もといギャツビーは、デイジーにそこまで惚れてるのか、執着しているのか。そこに共感できるか否かできっと、作品の見方も変わる。

 

もとは富豪でも何でもないギャツビーは、有言実行の勤勉なタイプでアメリカンドリームな成功を手に入れた人で、多分コンプレックスにまみれてる。

 

デイジーと出会ったときのギャツビーは、単なる兵士。単なる兵士に過ぎない、まだ何者でもないギャツビーの好意に、好意で応えたのがデイジーで、何者でもなかった自分に与えてくれた無償の好意や愛情を、後生大事にしているのがギャツビーという人なんだ。

 

で、この「まだ何者でもなかった自分に与えてくれた好意や愛情」に勝るものを、なにがしかの成功を納めて何者かになった後に手にするのは、案外むずかしい。

 

コンプレックスにまみれていた人ほど人の気持ちにも敏感で、成功後にすり寄ってくる人が素直に信じられなくなる。特に成功への階段を一気に駆け上がった人ほど敵も多くて、後ろ暗いところも抱えているから、他人と親密になるのが難しくなり、昔の美しい思い出に執着するようになる。ギャツビー、見事にこのタイプ。

 

恋愛できない・してない、あるいは結婚できない・してない人にだって、「あの時ああしておけば」の思い出くらいはありそうなもの。

 

結婚あるいは恋愛適齢期に、容姿や性格・出自あるいは収入など、なにがしかのコンプレックスが引け目となって一歩を踏み出せず、そのままになった。そして、コンプレックスを払拭するような成功を手にして自信が持てた時には、立場やお金目当てではないかと相手が信じられずにやっぱり一歩が踏み出せない。

 

遊び相手ではなく、配偶者やパートナーとして見た時に、「お買い得」と思える誠実で実直な人に相手がいないのは、案外このパターンがあるんじゃないかと邪推してる。

 

最短距離で成功への道を選べば、多少どころか大いに“清濁併せのむ“機会にも恵まれて、場合によっては大いに感化もされる。実利を選ぶようになれればいいものを、清濁併せのむ自分に嫌悪も抱くような潔癖な面を失わずにいると、いつまでも連綿と”過去の美しい思い出”に執着するようになる。

 

ギャツビーは、デイジーやデイジーと関係する人の前では、紳士面を崩さない。結構危ない橋を渡ってる人なのに、そんな素振りはちっとも見せない。

 

その実態に合わせて露悪的に振る舞うことなく、紳士的な態度をあくまで崩さない人は、本心では自分の職業や過去を恥じている可能性が大いにある。

 

ギャツビーは、デイジーの前でただ一度だけ激情をむき出しにして、デイジーを怯えさせる。ふだんデイジーの前で見せている、とろけるように優しい姿とはまったく別の野性的な一面は、デイジーが生きる世界とギャツビーが生きる世界の違いを浮き彫りにする。

 

トムだって怒鳴り散らすんだけど、トムは命令「だけ」する人で、ギャツビーは自ら手を汚してきたような人だから、やっぱり世界が違う。

 

富も名声も悪評も、すべてを手に入れたようでもたった一人の女性を手に入れることはできず、にもかかわらずに人生のすべてを彼女に捧げてしまうギャツビー。

 

喜劇的で悲劇的。

 

有言実行かつ勤勉さで成功をつかむような、ひと一倍克己心の強い男性が、昔の恋人のためには暴走を抑えられないあたり、人体の不思議がつまってる。見ようによってはピエロで、ピエロになるために彼は努力を積み上げてきたわけじゃないだろうと、人の世の虚しさもバッチリ感じられる。

 

映画のセリフとはちょっと違うけど、「あんたには、あいつらをみんないっしょにしただけの価値がある」とのニックのセリフは、すべてを見ていた人だから出た言葉。

 

立派な人なのに、トム「も」愛してたと正直に言ってしまう、イノセントに過ぎるデイジーの、どこまでいってもイノセントなところがギャツビーには手の届かないほど対極にありすぎて、殉じちゃったんだな。。

 

ギャツビーは、自分の気持ちに正直に生きた人。他者の目から見たら滑稽でもありお馬鹿さんでもあるんだけど、色んなものを偽ってでも自分の気持ちには正直に生きる、難易度の高い人生を送ってる。

 

デイジーの夫であるトムの浮気とか、上流階級に踏みつけにされる下層の人とか。『華麗なるギャツビー』には他にも見どころがいっぱいで、ツッコミどころが多いのは名作の証を証明してる。

 

旧作との違いや小説との違いとか、言い出すとキリがないから、ギャツビーにだけフォーカスした。長文書くリハビリがわり。

 

お休みなさーい。

グレート・ギャツビー (新潮文庫)

グレート・ギャツビー (新潮文庫)

 

 

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

 

 

シェアできない

インターネット原野商法ということばが脳裏をよぎる、今日この頃。原野商法について、無知の人もそろそろ増えてきたからか。

 

美味しいものの話をしていた。

 

ある土地の名物となっている魚。塩焼きの状態でサーブされ、ある程度食べ進めたところでいったんお皿が下げられ、残った身(骨の周囲とか)をこそげたものをご飯に混ぜた、混ぜご飯が美味しかったとのこと。

 

えっ、何人かで一緒につついて食べた魚。誰かの箸がつついたかもしれない魚の身を、ご飯に混ぜるの!?と、美味しさよりもそっちが気になって美味しそうに思えなかった。

 

一人ひとりにサーブされるのではなく、結構大きな魚だったので、数人でひとつの魚をシェアする形だったらしい。

 

鍋の後の雑炊と一緒だと言われたけど、家族以外の人と囲む鍋もノーサンキュー。

 

大皿に盛られた食べ物、例えばパエリアなんかを数人でシェアすることはよその国でもありそう。その場合でも、個別にそれぞれの取り皿に取って食べる姿しか思いつかない。

 

誰かの口に入った、箸やフォークやスプーンなどが直接触れた食べ物を複数人で食べる習慣、日本以外にもあるのだろうかとふと疑問に思った。

 

温泉のようなお風呂も、見知らぬ人と一緒に入る。スパやサウナは海外にもあって、水着着用のところと水着なしの場合と、ケースバイケースだけど、パブリックなほど水着着用率が高くなるような気はしてる。

 

もしかして日本、見知らぬ他人とのシェア率、もともと異様に高いのか?

 

シェアエコノミー、海外由来かと思ってたけど、ルーツはもっと泥臭いところにあったりして。

 

よそはよそ、うちはうちときっぱりと個が確立されてない。もっと他人との境界が曖昧な界隈で昔からあった共有の概念を、イチかゼロかのデジタルな領域に持ち込んで、カッコよく名前をつけてみた感じ?

 

正当な対価を払う商業世界に、境界が曖昧な界隈の人の善意を持ち込んだら、起こるのは価格破壊。正当な対価だったら入手不可能な、不当あるいは不相応に立派なものが手に入る。そうまでして不当あるいは不相応に立派なものを手にしたい、根拠がなぞ。

 

対価が払える人なら、相応の対価を払う。払えないものは、手に入らないとあきらめ相応のものを手にする。

 

世の中もっとシンプルでいいと思うんだけど、魔法のツールさえあれば簡単に手に入るかと錯覚させるのが、ゼロイチのデジタル世界なのかも。罪だね。

 

お休みなさーい。

得する方を選べ

最近のことはちょっと置いといて。ある時期までは、何かを決める時には「得する方を選べ」に従ってきた。

 

理性と感情が対立したら、感情を優先させる方。理性で感情を殺せるほど理性的ではないから、感情に従っておかないと、あとで自分が困るので。

 

感情優先とはいえ、「得する方を選べ」も念頭に置きながらの選択だったから、滅茶苦茶大損したということもない。金のつづらと粗末な木のつづらがあったら、金のつづらを迷わず選んできた。

 

持たざる若者にとって、「清貧」の思想は毒薬。持たざる者の矜持として、なんだか美しい響きもあって甘美に聞こえるけど、若者だったら可能性も未来もあるんだから、もっとガツガツ欲張った方がいい。

 

日本でも「三代続いたらジェントルマン」はある程度真実で、ガツガツしてない人の頑張らない生き方の背後には、豊かなバックグラウンドが隠されている可能性も大アリ。なので、ライフスタイルにかかわるオピニオンは、「オピニオン」のセールスマンによるセールストークの可能性もあると、鵜呑みにはできない。

 

何にだって値札のつく世の中では、「オピニオン」だって立派な商品になるのさ。

 

体力と気力のあるうちに、いちどはパーティーピーポーな生活も垣間見るか経験しておいて、その上で合う・合わないを決めればいい。

 

経験したうえで「いらない」と言えるものだったら、あとでみじめったらしくひと様のライフスタイルに文句をつけることもなく、他人事として心穏やかに過ごせるから。

 

若かりし頃と違って、今の自分にとっての「得」は、日常を邪魔しないもの。確固たる日常を壊さないものが自分にとっての「得」だから、何かを選ぶ時も、ガツガツする必要がない。

 

得の意味は、年代や個性といったものによっても変わってくる。金銭的利益は万人にとっての得とは限らないから、わかりやすく金銭がインセンティブになっている方が、使い勝手がよくて重宝されるんだろう。

使い勝手がいいように振る舞っていると、金銭があとからついてくる。そんなのはじゅうぶん承知だけど、使い勝手よく振る舞うメリットが著しく低いから、ヤル気も極小。

 

かといって資本主義社会では、貧乏神は嫌われ者。お金スキーを全面に押し出しておかないと、「他人の悪口を言いながら食べるご飯がいちばん美味しい」あまり、お金と縁の薄かった人種が寄ってきてしまう。その辺のバランスなんだな、要は。

 

お金スキー、あるいはお金とってもスキーで、金銭的見返りなき人に誓う忠誠心の持ち合わせは、なしってことで。人的つながりも、あってプラスになる場合とマイナスになる場合があるのさ。

 

お休みなさーい。

夏の名残のスイカ

週末とはうってかわって、嫌みなほど上天気な月曜日。

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さっぽろオータムフェストでは、野菜やくだものも売ってまして。
持って帰れそうな、手頃の大きさのスイカを見つけたのでお持ち帰り。

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小玉スイカと同じか、それよりもちょっと大きいくらいの大きさ。産地は札幌(のはず)。サッポロすいかの名札つきで売られてたから。

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切ると、中身はこんな感じ。スーパーで見かけるスイカよりもいくぶんワイルドで、規格品に見慣れた目には新鮮。

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食べやすくカットして、冷蔵庫で冷やす。こうしておけば、喉が渇いた時にはいつでも、水分補給できてよし。

 

午前中は気持ちよく晴れていたけど、午後になるとやや曇りに。晴れてるとはいえ、風はすっかり冷たい。特に夜。オクトーバーフェスタに夜から繰り出す人は、羽織物がないと辛いかも。

 

お休みなさーい。

 

 

今年もさっぽろオータムフェストの季節がやってきた

9月のお楽しみ、さっぽろオータムフェストの季節が今年もやってきた。

www.sapporo-autumnfest.jp

 夏のお楽しみ、さっぽろ大通ビアガーデンに比べると、より「食べる」楽しみにフォーカスしたイベント。そしてオータムフェストは、ワイン推し北海道ワインを初め、いろいろなワインとワイン用おつまみが味わえるようになっている。

 

天気いまいちの中でのスタートとはいえ、初日からたいそう賑わってる。

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夏休み中の開催とあって、近年のビアガーデンは外国人観光客の姿が目立つようになった。一方オータムフェストのお客さんは、見た目しっかりアジアンで純日本人、しかも近場から来ました~な人の姿が目立つ。

 

早速ウロウロしてきた。

 

今年の10丁目会場は、特に気合が入ってる。アウトドアブランド「LOGOS」とコラボレーションとのことで、8つある会場の中でもいっちゃん豪華かつオシャレ。

 

「LOGOS」製のアウトドアグッズ、例えばテントにタープ、それにイスやテーブルを実際に試しながら飲食できる。

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このテントも会場の一部。中で飲食も可。雨でも大丈夫と、グループでの使用に最適な仕様。これは長居できる。。

 

また、10丁目会場はヒジョーに肉肉しい会場になっていて、見渡せば肉関係のブースばかり。

 

骨なしの鳥胸肉を使った、フライドチキン。

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一個がかなりデカいので、食べ応えあり。

 

衣もケンタッキー・フライド・チキンより軽く、サクサクした食感で美味しかった。胸肉とはいえジューシー。胸肉か。。と思うも、胸肉だからあっさりでよかったかも。

 

こっちはラム肉。豆乳にラムを漬け込んでいるので、臭みがないのだとか。

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もちろん会場で食べることもできるけど、テイクアウトも可。座ろうにも席が見つからないこともままあるので、テイクアウト可能なお店も多い。

目移りするほど、甘いものもたーくさん用意されている。

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あれもこれも食べたくなるけど、ソフトクリームなら歩きながらでも食べられるのでよし。

 

秋らしく、パンプキン味で。ほんのり優しいかぼちゃの味は、口直しにちょうどよかった。

 

濃厚いちごにはちみつ入りと、ソフトクリームにもいろいろあって、目移りする。フレッシュメロンを使ったメロンソフトに、かき氷系のけずりいちごに、クレープと、デザート類も充実してるので、女こどもも大喜びさ。

 

もはやどの会場で手に入れたのかも定かではない。。7丁目会場だったかな?ちょっと変わり種のおにぎりもあり。

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札幌パルコに比較的最近オープンしたおにぎり屋さん、「もんて」のもの。オータムフェスタ仕様のメニューかな。ローカルテレビ局、ここぞとばかりにはしゃぎまくり。

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とまぁブラブラ見て回るだけのつもりが、いつの間にか散財してた。この手の飲食イベントでは財布のひも、思いっきり軽~くなりがち。いかんいかん。

 

チケット購入制の会場と、ニコニコ現金払いの会場とが混在してる。そのあたりのシステムが、外国人にはまだとっつきにくいのかも。オータムフェスト専用アプリもあるらしいけど、どこまで外国人フレンドリーなのかは、知らね。

 

出店するお店は時々入れ替わるので、定期的にパトロールに出掛けたい、9月のお楽しみ。

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晩ご飯は、テイクアウトしたもので。デパ地下がわりに使えるイベントでもあるのさ。

 

お休みなさーい。

 

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