クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

カップ&プレート

交通量が多い、あるいは日当たりのいい場所では雪もすっかり融け、室内の温度でさえいきなり5℃は上がった。暖かい。もう数日で、師走なのに。

 

クリスマス用デコレーションを引っ張り出してきて飾り付けると、クリスチャンでなくとも気分はウッキウキ。ついでに、大事にするあまりしまいっぱなしになっていたアンティークのカップ&ソーサーも引っ張り出し、割れるか欠けるかまでガンガン日常使いしていくことにした。

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カップ&ソーサーというよりは、カップ&プレートと呼ぶべきか。

 

スナック、ちょっとした焼き菓子その他と一緒にお茶を飲むのにちょうどいいサイズ。買った時から飾りでほとんど使ったこともないけれど、実用的なところが気に入った。カップ&ソーサーに小皿より、洗い物がひとつ減るところが実用的。

 

この手のカップ&プレートのセット。アンティークに限らず探すと意外と見つからない。デザインにこだわりはないから、現代のもので全然かまわないんだけど、ないんだな、これが。

 

お茶を飲む習慣は残っても、お茶を飲む器は変わってる。

 

今どきだと、このカップ&プレートのようなデザインの食器で料理を出す飲食店も、あんまりない気がする。シンプルかつモダンなものが好まれるせいか、飲食店で見かける食器はたいていスッキリしてる。

 

デコラティブな器に負けない料理、デコラティブな器に負けない空間を作ろうとすると先行投資がずいぶん大がかりになりそうで、だったらシンプルかつモダンにして、リーズナブル路線をめざす方が現実的。リアリストが増えると等身大が増えて、大がかりかつ大きな夢は、見にくいやね。

 

文化を恐れない人は、文化の持つ好き嫌いの力よりも善し悪しを重視する人で、文化を恐れる人は、好き嫌いの持つ力を恐れてる。嫌われたら、どれほど正しいことを言っていても、虚心に聞いてもらえない。

 

好き嫌いより善し悪しを重視する人は、善し悪しこそが重視される場所をめざし、善し悪しより好き嫌いを重視する人は、好き嫌いこそが重視される場所めざすから、自然と棲み分けが進むはずなんだけどさ。

 

都合よく、善し悪しと好き嫌いの間を行ったり来たりの人が多数になると、棲み分けもままならない。