クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

ローカルスタンダードがグローバルスタンダードになるか『Suicaが世界を制覇する』読んだ

タイトルには、“アップルが日本の技術を選んだ理由”と続く。なぜアップルが、国際標準でもないSuicaApple Payに採用し、JR東日本をビジネスパートナーに選んだのかが、よくわかった。

 JR東日本が乗降客数の減少を見越してSuicaを開発し、単なる交通乗車券にとどまらずにエキナカ需要を開拓し、さらには街ナカ需要も掘り起こして新しい収益源を作ったように、アップルにとって、新しい収益源となれる。モバイル決済という新しい市場で。

 

『決済の黒船 Apple Pay』に続く、Apple Pay関連書として読んだ。

決済の黒船 Apple Pay (日経FinTech選書)

決済の黒船 Apple Pay (日経FinTech選書)

 

 『決済の黒船 Apple Pay』は、モバイル決済専門のジャーナリストによる本だけあって、モバイル決済周りの技術や標準について詳しくなれる内容だった。その点こっちの『Suicaが世界を制覇する』は、クレジットカードや電子マネーに詳しい著者によるもの。

 

だから、ご自分の得意領域であるクレジットカードと電子マネー周りの話が多い。

 

ついでに、「なるのではないかと思ってる」とか推測の域を出ない話も多いので、眉に唾の用意も必要。Apple Payに関しては、アップルにとっても“第三の革命“となる大事な分野だけに、アップル側が情報統制には気を使ってることが伺えた。

 

日本のローカルスタンダートであるフェリカを、スマホのグローバルスタンダードであるiPhoneに採用させるまでの技術的障壁や国際標準の壁について詳述されているのは、『決済の黒船 Apple Pay』の方。だから、読む順番としても『決済の黒船 Apple Pay』を先に読んで、『Suicaが世界を制覇する』を読む方がいい。世界制覇がそう簡単なことじゃないことが、よくわかるから。

 

アップルには新しい収益の柱が必要

強いチームはオフィスを捨てるかのように、GoogleAmazonも、音声アシスタントを搭載したスマートスピーカーへとシフトしつつある。アップルはiPhone(あるいはiOS)の検索サーチとしてGoogleを標準とする見返りに、Googleから巨額の手数料収入を得ているとか。

 

ところで近年Googleの検索結果には疑義がつくことも多くて、一部ではGoogle離れも起き、Googleにとっての収益源である広告収入にとってはマイナスにもなっている。らしい、漏れ聞く限りでは。

 

かといってメンテナンスしないわけにはいかず、収益の源泉であるからメンテナンス意欲も湧くけれど、コストが収益を圧迫するようになったら、新しい収益源を探すのは必然。GoogleAmazonにとって、ハードはiPhoneスマホであらねばならぬ理由はなく、スマートスピーカーという新しい鉱脈がある。

 

でもスマホメーカーであるアップルはどうすんのさ?という文脈で出てきたのが、Apple Payというモバイル決済。新しい鉱脈となりそうだから、第三の革命、決済の黒船というフレーズも、決して大袈裟ではないように思えてくる。

 

技術的障壁についてはなーんにも触れてないところが、ポイントさ。

 

鉄道利用者が世界一多い日本

鉄道における世界の乗降客数ランキングを見ると、たいてい東京の主要駅が上位を独占する。新宿・池袋・渋谷の3駅合計で、2005年時点で一日980万人超。

 

一日に大量の人間が駅の改札を利用するから、フェリカを搭載したSuicaの処理速度は速く、現時点で大量輸送を正確かつ遅滞なく(この遅滞なくが何よりのポイント)さばいた経験のある非接触型ICカードSuicaだけ。

 

2005年と違って、今では新興国、例えばインドや上海でも通勤や通学で大量輸送が始まっている。Suicaは国際標準ではないけれど、大量輸送を可能にしたSuica、ひいてはJR東日本の知見やノウハウは、これから同様のことを試したい国や企業にとっては魅力的。

 

高速鉄道として新幹線が他国に採用されるかどうかは、他国の高速鉄道との競争で国策マターでもあるから、Suicaで世界制覇できるかどうかは、まずは国策マターに昇格できるかどうか。この『Suicaが世界を制覇する』は、技術面での障壁にはあまり触れていないから、多分にロビー活動的な読後感が強い。

 

それはさておき。黒山もこもこ人だかりをさばいた経験やノウハウも、今後新たに黒山もこもこ人だかりを経験するエリアでは、商売の種にだってなれる。

 

VISAカード、どうなるんですかね

モバイル決済が主流となれば、当然モバイルと親和性の高いサービスがこれからは有利となる。

 

新しいプラットフォームに古いままのシステムを持ち込むと、諸々コンフリクトを起こすから、古いシステムの覇者は往々にして邪魔になるんだよねと思う、Apple PayにおけるVISA外し。この本の刊行は2017年5月31日だから、最新の状態がどうなってるかは知らね。

 

ただクレジットカードという、モバイル決済のひとつ前の決済システムの覇者であるVISAは、アップルではなくGoogleと組むんだってさ。

 

アップルはSuicaと組み、VISAはGoogleと組む。VISAと組んだGoogleは、利用履歴などのビッグデータを収益にするつもりで、Suicaと組むアップルは、ビッグデータを使うつもりはない。

 

Apple Payの特徴として、暗号化されたトークナイゼーションという機能があり、個人情報には配慮してるところがウリ。モバイル交通乗車券として、日本以外での使用を、日本と同じくiPhoneの普及率が高い都市や国での普及をまずは目指すのか。もっと大きな話、世界制覇をめざすとなれば、やっぱりワクワクする。

 

少額決済を積み重ねた先

Apple PayはSuicaファーストで、プリペイド式ファースト。後払い方法であるクレジットカードも使用できるけど、「わざわざ」「国際標準でもない」Suicaを選んだのなら、そこにはきっと意味がある。

 

クレジットカードにはクレジットヒストリー(購買履歴とその決済状況)がつきもので、クレジットヒストリーがあれば、潜在的顧客を見つけ出しやすいので、マーケティングにも利用される。

 

Suicaのような交通系ICカードを普段使いしているような人は、チャージ金額にも上限があるからきっとクレジットカードと使い分けをしている。

 

高額決済はクレジットカード、みたいに。

 

Suicaに貯まっていくのは少額決済のクレジットヒストリーのみだけど、毎日決まった場所に出掛け、少額の買い物が多いけれど確実に決済されているクリーンな履歴があれば、薦めたくなるのはマイクロクレジット

 

投資のような高額なお金は使い道もないけれど、少額の融資があれば、日々の生活が楽になる人、生活コストが高くなる都市にはきっといる。

 

ディストピアっぽいからあんまり想像したくはないけれど、日々勤勉に働いてもちっとも生活が楽にはならない人、資本を持たないゆえに都市労働者として都市に流入し、生活コストの高さにめげてるような人に、生活インフラと密着したスマホから少額かつ極めて低利かつ返済もしやすい方法があったらどうなのよ。と、考えた。これ妄想です。

 

マイクロクレジットというと、新興国と相性がよさげ。だけど、都市の貧困にもマイクロクレジットの商機はあり、都市だからスマートな方が受け入れられやすい。

 

アップル製品を使ってるところがポイントで、プライドが高くて格安スマホは使えないけれど、消費スタイルが仇となって懐は確実にさみしい層、見えてる人には見えてるかも。かもかも。鴨がネギしょってそこにいたら、何とかしたくなるでしょ。

 

IT企業が銀行、金融機関へと変わる可能性

スマホというハードを持ち、通信料の支払いを通じてとりあえずの与信も本人確認も済んでいる。今は通信料を運んでいるだけのハードに、別のものを載せたら既に世界中にある通信網も有効活用できる。

 

モバイル決済はモバイルATMでもあって、現実のATMと違ってすでにハードが世界中に普及している。しかも通帳いらずで、スマホで完結するペーパーレスでキャッシュレス。

 

カード会社はすでに決済機能を代行していて、国際間における決済も経験済み。そのカード機能を取り込んだモバイル決済が日々の生活を侵食するようになったら、銀行の存在意義が、また薄くなる。長財布はアナログの象徴として、飾りでしかなくなるかも。飾りゆえに、生き残る可能性はあるんだけどさ。

 

と、技術まわりの話が出てこないだけに、大風呂敷も限りなく広くなる。EMV対応されていない店舗による偽造カードの損害は、これまでのカード会社持ちから、店舗や店舗管理者に課せられるライアビリティシフトには、一切触れてないところは故意なのか?

 

モバイルファーストで大量輸送をさばくこととなる、新興国の出方、そこで生まれる技術がかえって気になる一冊だった。

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お休みなさーい。

空と海と一面のゆり。今年もオーンズ春香山ゆり園に行ってきた

そういや今日は山の日だった。お盆休み前に祝日が出来たことで、半強制的にお盆休みウィークが長くなるマジックかな。

 

デパートのお菓子売り場が常になく混雑してると、帰省&観光シーズンも本番って感じ。幕切れも、あっけなくやって来るんだけどさ。

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天気のいい日に、小樽にある「オーンズ春香山ゆり園」に行ってきた。今年で2回目。去年は7月の下旬に訪問。去年とは、見頃となるゆりの花の種類がちょっぴり違ってた。

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 (写真で見ると、空と海の境目が非常にあいまい)

どこまでも青い海、どこまでも青い空。おまけに咲き誇るゆりの芳香があたりに充満し、桃源郷ならぬ百合源郷。あるいはシャングリラの方が、より近いかも。かもかも。

 

今年は7月に猛暑が襲ったせいか、麓のゆりはすでに枯れ気味。去年は早咲きのゆりが満開の頃に訪れたので、感動もワンランクダウン。

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同じ場所で人を感動させ続けるのは、大変やね。。

 

去年はリフトに乗って空中散歩を楽しんだけど、今年は自力で登ってみる。

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大した高度があるわけではないけれど、実は結構な斜面。そもそもスキー場だしな、ここ。そりゃもう登り甲斐がある。登るつもりの人間は、フラットシューズ必須。

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ちょっと登っただけで、この絶景。心洗われまくりで、登り甲斐もありまくり。海が見えるところが高ポイントさ。

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去年は見掛けなかった色合いのゆり。きれいねー。

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札幌と小樽を結ぶ札樽道を見下ろし、右側に見えるのは石狩市。ポツンと海に浮かぶ船は、クルーズ船かそれとも海上保安庁の船か。

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距離は大したことなくても、傾斜がきついせいか汗だくになる。視界をかすめるリフトが眩しい。。

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(船にズームイン。やっぱり海上保安庁っぽいな。)

小休止ポイント。去年と違い、今年は雑草が目に付く。

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夏真っ盛りで雑草も伸び盛り。雑草抜くのも大変やな。。先は長い。

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まだまだ続くよ、ゆり畑。

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目指すのは、あそこ。400メートルって結構な距離なんだな。平らな道だと何ともないんだけど。麓のゆりは枯れ気味だったけど、登るにつれて、ちょうど見頃となったゆりが出迎えてくれる。登れば登るほど、涼しいせいか。風が気持ちいい。

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去年は上りも下りもリフトを使用したので、気が付かなかった観光地にありがちなブツ。ない方がステキやん。

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とは思うものの、こういうのが好きな人の方がメジャーなのかも。でも、そもそもこの場所自体が、マイナーだと思うんだけどさ。少なくとも現在は。

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まっすぐに続く、石狩の産業道路。自然発生的に発展した街では、まず見掛けない建築物だから、もの珍しい。さすがでっかいどう。

 

山の日にちなんでか、NHKでも山登り番組をやっていたけど、山登りする人が被るヘルメット(でいいよね?)にモンベルロゴマークがばっちり写り込んでた。あらNHKなのに。。という違和感を抱く人も、そのうち少数派になるに違いない。

 

思えばJRにNTT、古くはJTBだって、そもそも国営だった。国営あるいは公営だったものが民営化されることは、ないわけじゃない。

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山頂カフェまで、あともう少し。振り返れば絶景。風は心地よく、心が洗われる絶景指数250%くらい。スキー場をお花畑などの景勝地にした観光地、3、4ヶ所ほど知ってるけど、ここがいちばんステキ。今のところ。

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公共放送が民営化されて民間の資本を受け入れるようになったら、不偏性はどうなるのよという問題もあるけれど、どうせならNHKBBC、その他各地域の公営放送ばかりを集め、“政治的に中立”をうたう動画プラットフォームがあってもいい。

 

受信料に頼らないのなら、コンテンツを世界各国で配信して稼ぐスタイルに変え、新しく作るコンテンツには自国の製品ファーストで、国内資本100%の商品をさりげなく使用してネイティブアドの場として使うとか。

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そんなことはまったく考えずに、標高300メートルの山頂に到着する。

 

去年はなかった(らしい)、山頂展望台。It’s New(らしい)。

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うっすらと海の彼方に浮かぶ暑寒別岳。7月でも残雪の残る、ごっつい山。札幌に来たばかりの頃は、一か月に一度くらいはトレッキングでもするか?とか思ってたのが遠い昔。自然豊かな場所は、だいたいどこでも熊と遭遇しそうで、イヤ。

 

テレビあるいは動画は、勝手に喋って勝手に動くカタログで、服やアクセサリー、あるいはインテリアを見せるのにちょうどよし。あれいいなーと思ったアイテムを、瞬時に検索できて、瞬時に買い物カゴに入れられたら無駄使いがはかどってしょうがない。

 

喉が渇きすぎたので、ゆりソフトクリームではなくいちごスムージーを選ぶ。ゆりソフトクリームは、ゆりの香りがちょっぴりした。

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富士山を制覇した人が次に目指すのはエベレスト、アジア最高峰にして世界最高峰なんでしょ、きっと。

 

下りはリフト使用でらっくらく。ワンシーズンに一回は来たい場所。一度はナイターで見たい。シーズン中は一回しかナイター営業しないから、貴重なんだ。

 

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 去年はこんな感じ。去年の写真の方が、いい出来。今年はバッテリー切れと闘いながらだったからな。。

 

お休みなさーい。

 

銀行マンと独立系映画産業の蜜月を描いた『ハリウッドがひれ伏した銀行マン』見た

銀行マンと映画産業。

 

一見食い合わせの悪い両者がコラボしたら、どちらのビジネスも大変潤うことになったとさ。1980年代の独立系映画の隆盛を、金融面、お金の面で支えた人物にスポットを当てたドキュメンタリー。

 投資あるいは投機から融資へ

投資と投機の違いは直感的にわかるけれど、投資と融資の違いは直感的にはわかりにくい。一般的には投資、あるいは投機(つまり博打やな)と見なされがちな映画ビジネスに、融資の手法を取り入れ、資金回収と運転資金の借入を共に容易にする手法を編み出したビジネスマンが主人公。

 

オランダの中堅銀行に勤めるいち銀行マンが、なぜ映画ビジネスで成功することができたのか。を、彼の長女がインタビュアーとなって当時を振り返る趣向になっている。

 

長女がインタビュアーとなって、オランダ人銀行家フランズ・アフマンと交流のあった人々、アフマン本人あるいはその妻(つまりインタビュアーにとっての母親)も含め、ゆかりのある人々のインタビューで構成されている。

 

だからアフマンのビジネス面だけでなく、父親としての姿も映し出される、公私に迫った作品。ほんの時折映し出される“父親“としての姿が思いがけない感動を呼ぶので、家族ものとしても見られるドキュメンタリーになっている。

 

同時に、彼が金庫番として手掛けた『キングコング』のようなふっるーい映画も同時に映し出されるので、オールド映画ファンにとっても意外な発見があるかも。かもかも。ジェシカ・ラングなんて、久しぶりに見たよ。。

 

ハリウッドの有名スターが、我も我もと彼と仕事したがった

さてこのアフマンという人、オランダのナンバーワンでもない銀行から、ハリウッドでは超有名な金庫番になった人。

 

スーパースター、といっても当時のなので、今となってはさほどネームバリューがなかったりするマイケル・ダグラスケビン・コスナーも彼と一緒に仕事をし、スーパースターから逆にサインを求められていた。融資実行書へのサインの方が、より求められてたには違いないけれど。

 

ハリウッドで、スーパースターから熱心なオファーを受けるほど求められる人材となったのは、彼が映画製作に安心して取り組める、“プリセールス”と呼ばれる安全な資金回収スキームを作り上げたから。当時とては新しい手法で、だから重宝がられた。

 

メジャーと呼ばれる巨大映画会社に資金供与する金融機関はいても、独立系と呼ばれる小資本系新興映画会社に喜んで資金を提供する金融機関は、きっと今もそう多くない。

 

アフマンはニッチな市場を取りに行き、ニッチな市場での成功をステップに、勤務する銀行がクレディ・リヨネという国際的にメジャーな銀行に買収されても、金融界で生き残ることができた。クリエイティブ投資部門での責任者として。

 

脚本がすべてだった

映画製作というと巨額の資金が必要となりそうだけど、アフマンはそのすべての費用の面倒を見ていたわけじゃない。完成品と製作品を分け、いわば試作段階の製品の運転資金を提供していた。

 

試作段階で融資が実行されるから、完成品には超ヒット作、『氷の微笑』や『ターミネーター』あるいは『キングコング』に『ダンス・ウィズ・ウルブス』といった有名作も含まれるけれど、B級映画も多い。

 

ヒット作にはなりそうもない、B級映画にも資金供与の道を開いたことが大きくて、玉石混淆で900本もの映画に投資するなかで、映画を見る目も磨かれたのか。

 

映画のなかで、投資の決め手は何か?という質問に対しては“脚本がすべて”と答えていた。

 

そもそもアフマンは、教養ある家庭に育ったインテリ男性。品があった、オランダ人らしく威厳があったと彼を形容することばには、ハリウッドで活躍する業界人とは真逆の形容詞が並ぶ。

 

ハリウッドで金庫番として知られるとともに交友関係も派手になり、結局はそれが仇となって足元をすくわれるけれど、それでも金融家というラインは超えずにいた人。映画を愛しながら、最後まで映画産業そのものに染まることはなかった人だからこそ、きっと新しいスキームも生み出せた。

 

賄賂より会計報告書

ハリウッドの名士が集うパーティで、分厚い茶封筒を渡されたアフマンは、一体いくら賄賂をもらったのかと噂されたけれど、その実中身は会計報告書だった。

 

という、作中のエピソードが好き。

 

銀行家として十二分に成功を収めた人間が、少々分厚い札束を前にしたとしても、なびくわけがない。いかにも銀行家らしい、銀行家であることにプライドを持っていたアフマンらしいエピソードで、彼の人となりがよく現れている。

 

だから一緒に仕事をする人は選び、品がない人は嫌った。

 

品がないうえに、陳腐な脚本しか持ってこなかったら願い下げ。冷酷とも言えるそんな態度も、いかにも銀行家らしい。

 

成功だけを描かず下り坂も描いている

映画ビジネスに新しいスキームを持ち込み、映画産業を盛り上げた、アフマンの人生のハイライトともいえる前半部分もいいけれど、いろいろあって失脚したその後も味わい深い。

 

むしろ意外な感動は、人生下り坂部分に落ちていた。

 

インタビュアーがアフマンの実の娘、遅くに生まれた唯一の女の子であるところがポイントで、アフマンと交流のあった人々が彼女に率直に語るのは、アフマンが単なるビジネスパートナーを越えた存在だったから。

 

単なるビジネスパートナー以上の存在だったから、伝えるべきことを伝えるためだけに、彼らは語らずともよいことを語る。

 

ビジネスを越えた存在だったから、ビジネス目的では語らないし、語れない。アフマンが知られざる存在だったのは、そういう人物だったってこと。

 

時には忙し過ぎて、家庭を顧みる暇もなかったけれど、人生の下り坂ではちゃんと迎えてくれる、帰るべき家庭を持っていた人。ちやほやされて調子に乗ることはあっても、引き際は心得ていて、家庭や家族を大事にする、当たり前の人。

 

映画産業には“当たり前ではない人”もウジャウジャ居そうだけど、“当たり前ではない人”に大多数の“当たり前の人”の気持ちはわからない。

 

アフマンが関わった映画作品には、結果として後世に残る名作が多数含まれているのは、きっとそのせい。

 

アメリカ映画界が巨大産業に成長するなかで、当たり前で居られた人ももう当たり前では居られなくなり、きっと今は往時とは違うスキームが出来上がっている。

 

映画界といえば、監督やプロデューサー、あるいはアクターなどクリエイティブな人にスポットが当たりがちなところ、資金面から支える銀行マンにスポットを当てた珍しい作品。

 

今では巨大産業となったアメリカ映画界にも、まだ隙間があった。ほんの一瞬の、短いけれど濃厚な季節を切り取っていて、面白かった。

 

お休みなさーい。

便利の代償

夏真っ盛りで夏祭り真っ盛り。

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なのに、夏休み真っ盛りではないところが色々と不幸のもと。

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しょせん、日が沈めば今の季節でも上着が欲しい北国なんで、暑さがストレスになることはなし。暑さ、猛暑がストレスになる場所では、どうだか知らね。

 

50代前半で親が大正生まれだと、遅くに生まれた末っ子か。

 

大正最後の年生まれでもまだ90歳代。「まだ」と言えてしまえるところが高齢化社会で、昭和前半生まれの人に、時代についてきてもらうのは、大変さ。

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 ついてきてもらうのは大変だから、もっとも接点のある場所から否も応もなく変えてしまい、強制的についてきてもらうくらいしないと、きっと無理。

 

病院とか、スーパーやコンビニとか。

 

文字が大きくて、お年寄りにとっての使いやすさをアピールした携帯があったように、機能を限定した使い方サポート付きタブレットを通販サイトで見つけた。どこの製品かは知らないけど、わりと安かった。iPhoneiPadより圧倒的に。

 

どこのサイトで見つけたか思い出せず、追加でアプリが入れられたかどうかは定かではないけれど、「機能限定」だからこそ老親にだって薦めやすい。

 

これから初めてスマホタブレットを触ろうとする人に、何が適切で何が適切ではないかを説明するのは、難しすぎる。だったら最初から出来ること、機能を限定し、安全な範囲で使ってもらう方が安心さ。とは思うけれど。

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kindleで読んでる本は、最初から「著者が重要だと思う箇所」にハイライトがつけられていて、くだけたテーマの本なのに、まるで教科書でも読んでるような気分になれる。

 

最初からハイライトされていると、重ねてハイライトしようとは思わないところがポイント。

 

ココ重要と思った箇所に、自らハイライトを引く行為は能動的だけど、あらかじめハイライトされていれば、受け身になる。

 

テレビであるセリフだけ切り取られたテロップ、前後の発言や文脈を無視して編集されたTwitterまとめのように、そこだけ読めば十分なピンポイントを繋げれば何らかの感想文ができてしまうのなら、布教っぽい。教科書的でもあるけれど。

 

そもそも肩の力を抜いて、軽く読み流せる読み物。格闘するつもりなんて毛頭ないけれど、布教があからさまだとちょっと引く。

 

ちょっと引くけれど、他に読みやすく噛み砕いた類書に乏しく、主張は強いものの、そこまで害にもならなさそうだと、まぁいいやとなってしまう。

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面倒なことを他にやっている例がなければ、多少の難はあっても任せてしまう害。一利一害ってことで格安タブレットも、気が付けば健康食品や便利グッズの、便利な広告宣伝ツールに化けてそうで、そこは懸念事項。

 

面倒なことを他人に任せると、大抵ろくなことにはならんわな。

 

お休みなさーい。

お口直しにドリュー・バリモア

怖い夢を見た。

 

視界いっぱいに『リング』の呪いのビデオのようなノイズ入りの画面が広がり、縦書き、ポップとは極北にある恐ろし気なフォントで“たすけて”というメッセージが流れるというもの。怖くて一瞬で目が覚めたわ。

 

夏にホラーはつきものとはいえ、見たいのはそれじゃない。ドリュー・バリモアの映画で口直し。ドリュー・バリモアのキュートな笑顔は、どんよりとした気分を掻き消してくれるお薬のようなもの。あるいは快楽ドラッグか。

 

『2番目のキス』

まず選んだのは『2番目のキス』。原題は『Fever Pitch』で、ドリュー・バリモア演じるキャリア女性が、熱狂的な野球ファンの男性と恋に落ちるお話で、ボストンが舞台。

2番目のキス (字幕版)

2番目のキス (字幕版)

 

 あらかわいいと思わず声に出して言いたくなるほど、この映画のドリュー・バリモアが飛び切りかわいい。髪型のせいかファッションのせいなのか。容姿端麗な人はいくつになっても美しいけれど、それでもやっぱり30歳前後のドリューは、もっとも魅力的。

 

さてボストンのフェンウェイ・パークを本拠地とするボストン・レッドソックスは、熱狂的な野球ファンを多数抱えてることで有名な球団。阪神タイガースとそのファンと思えば、大体合ってる。

 

ドリュー・バリモア演じるリンジーとは、社会見学がきっかけで知り合った高校の数学教師ベンは、レッドソックスと共に育ち、レッドソックスを心から愛する熱狂的ファン。

 

優しくてユーモアがあって人当たりもいいベンだけど、何かに熱狂してる人、オタクっぽい人が往々にしてそうであるように、レッドソックスが絡むと暴走する人。

 

ベンの部屋は、グローブ型の電話を筆頭にレアなレッドソックスグッズがいっぱいで、レッドソックスと共に歩んできた人生なことが丸わかり。レッドソックスに少年の心を託しているせいか、時々年齢不相応に無邪気な面を露わにする時があり、キャリア女性のリンジーの心を鷲掴み。

 

ベン、ビジネスライクなコンサルティング業界には、まず居ないタイプだからな。

 

何かに夢中な人、熱狂してる人というのは、往々にして他者からは理解しがたく、リンジーの父親にも「バカだな」と言われてしまうベン。それでも相手の懐に入ることも上手で最後には気に入られてるんだけどさ。

 

コンサル勤務のキャリア女性と高校の数学教師という格差恋愛でもあるけれど、それよりもっと大きなハードルとなるのは、ベンが熱狂的すぎるレッドソックスファンであること。

 

仕事が恋人のリンジーにとって、恋人がレッドソックスのベンならある意味お互い様で済むけれど、家族、夫婦になろうとすればどうなのさ。というところが悩みどころ。

 

レッドソックスこそわが人生なベンは、フェンウェイパークに集う同志にもリンジーを紹介済みで、熱狂的レッドソックスファンの間でも有名人なベンの恋の行方は、同じくレッドソックスファンにも周知されている。

 

リンジーとベンの仲が迷走するとともに、ベンがおじさんから相続したシーズンチケットの行方も迷走し、周囲のレッドソックスファンも気が気じゃない。レッドソックスこそわが人生な、貴重な同士をひとり失うかもしれないんだから。

 

恋人の間は多少変わり者でもお互いさまで、大目に見られたことも、家庭を持ち、家族が増えたらどうなるの???少年の心を残したままなところが魅力のベンから、レッドソックスという少年成分を取り上げたらそれで済むのか。

 

という恋の行方は、何かに熱狂している人が、とっても安心する結末を迎えるようになっている。

 

レッドソックスがお前に何を返してくれる?」と、ベンに大人になるよう諭すシーンがあったけれど、「それでも彼らは毎年僕たちの前に帰ってきてくれる」というセリフが、めっちゃいい。

 

レッドソックスの本拠地がボストンにある限り、ジェントリフィケーションで年々歳々ボストンの街の姿は変わっても、彼らはファンの前に帰ってくる。

 

シーズンチケットを買ってスタジアムにまで足を運ぶ、熱狂的ファン心理が言い尽くされていて、こことっても好き。

 

別に野球ファンでもドリュー・バリモアファンでなくても、何かに熱狂してる、してた人ならきっと、心の琴線に触れまくるハッピー・ムービー。歴史的瞬間を見逃して取り乱すベンの姿もまた、熱狂的ファンの一面さ。

 

『ラッキー・ユー』

こちらは、ドリューらしいキュートさや溌溂さはごく控えめ。プロのポーカー・プレイヤーと恋に落ちるシンガー・ビリーを、ドリューが演じてる。

ラッキー・ユー (字幕版)
 

 ラブストーリーだけどそれよりも、のるかそるかで勝負の世界に生きるチーバーの生き様や、同じ道を歩んだチーバーとその父親との確執が見どころ。

 

はっきりいってビリーとの恋は刺身のツマ(というよりは、も少し伏線となってるけれど)みたいなもんだから、この映画のドリューはびっくりするほどその魅力が封印されている。彼女が輝くと、主人公チーバーの生き様が台無しになるからな。それもやむなし。

 

チップという名の大金が動くプロポーカーの世界、あるいはその試合が面白くて、思わず途中で居住まいを正してしまった。

 

ポーカーの試合、めっちゃ実況向きですわ。

 

のるかそるかで人生を賭けるような局面でしか本気出せない人種というのは確かにいて、プロのポーカープレイヤーも間違いなくそのひとり。安全パイだとやる気も起きなくて、博奕になったら本気出すんだよな、こういう人。

 

『ラスベガスをぶっつぶせ』という映画や本があったけれど、この映画の主人公チーバーは高等数学とは縁のないタイプ。実戦で培った勘と運を頼りに勝負に賭ける、ある意味古典的な勝負師で、チートとも無縁。

 

映画の中の世界大会で、「初めてカメラが入ります」的なセリフがあったけれど、プレイヤーにしろディーラーにしろ、いかさまが横行していた時代は、古典的勝負師にはきっと古き良き時代だったんだろうと思わせる。

 

同時に、ギャンブルをやらない代わりにマネーゲームを嗜む人はそれなりにいるけれど、高等数学やテクノロジーに習熟しているとお金に換えやすい世の中で、元手も豊富なその種の人たちが本気でマネーゲームに参入してきたら、場が荒れる。

 

ゲーム、遊びのつもりでも大金が動くようになったら、実体経済に打撃となるから、紳士淑女の“クリーンな遊び場”として、合法カジノを求める理路はありかもしれないとちょっと思った。ほんのちょっとだけ。

 

それはともかく。

 

この映画の見どころは、何といってもポーカーの試合シーン。複数名が同時にプレイし、ここぞと思ったところで、相手をコールし、一対一の勝負に出る。

 

勝負に出たところで上がる歓声、勝っても負けても拍手とスタンディングオベーションで観客が見送るスタイルで、大金が動いているにも関わらず、何だかとっても爽やかなんだ。

 

日本ではポーカーの試合そのものの実況が少ないけれど、きっとやったら面白い。

 

複数名が同時にプレイし、ディーラーの配る手札がゲームを支配する。あらこれAIが苦手そうなシチュエーションじゃないですか。すでにポーカーのトッププロにAIは勝利してるらしいけど、各種あるポーカーのスタイルの中の一種に勝利したに過ぎないとか。カードゲームの奥は深い。。

 

『ラッキー・ユー』では、勝負の場面に各プレイヤーの人生が乗ってくるから、観客としてはより楽しめるし興奮する。

 

人生が乗ってない勝負は、興奮も感動も乏しいから白熱しない。

 

その理路はわかるけど、テーブルにつくのは、納得済みのプレイヤーだけにしとけ。理由もルールも聞かされていない観客を、無理やり引っ張り出すのはマナー違反も甚だしい。説明済みだと嘘なんかつくから、人生破滅すんだよ。

 

破滅と背中合わせだから、本気出せるのはある種の狂人で、しばしばギャンブラーと歌姫が恋に落ちるのは、彼らは同じ世界を生きてるから。どちらも、のるかそるかだから相性よしで、ある種古典的な組み合わせ。

 

ドリューは刺身のツマだけど、それでいい映画。“プロポーカーの映画”としか思ってなかったら、見なかった。面白かった。

 

お口直しのドリュー・バリモアで、気分もリフレッシュ。8月もマイペースで、自分のために好きなことを書くだけ。

 

お休みなさーい。

ナンセンス

人は集団になると、悪いことも平気でできるようになる。だから、悪い集団となるな。よき集団をめざせと、昔々の恩師に言われたことがありまして。

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よき集団であろうと努力されていた教師陣が揃っていたので、今では昔の面影はすっかりなくなっちゃったけど、当時はいい学校だった。春ともなると、着任した新任の教師が口々に、「この学校に勤務できて光栄です」と、お世辞でもなさそうな熱心さで語っていた。

 

同時期の他校の様子を思えば、向上心のある生徒の熱意には、ちゃんと応えてくれるいい学校だったおかげで、塾などのお世話になることも極小で済んだ。

 

進路補習という名の無償奉仕のおかげで、予備校の模擬テストで予期せぬ好成績を取った時は、わがことのように喜んでくれた。

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(赤い花はモナルダ。またの名は、ハーブでおなじみベルガモット。)

私が学生だったふた昔前は、伝統校がゴロゴロいる中での比較的新設校で、新設校ならではの「いい学校になったるで」という意欲が、まだ枯れてなかった頃。おかげで大人になった今でも、よき教師に恵まれたと感謝しかない。

 

メディアは嘘をつきやすくて、頭のよさや優秀さよりも、集客力だとか使い勝手のよさだとか。別のベクトルで選ばれた人の意見が場合によっては目につきやすいから、油断ならねぇ。

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分厚い札束でぶっ叩けばいろんなものがひっくり返って、どれが本当かわからなくなるけれど、目の前で見た上から数えて何番目の人のことは、やっぱり信用してる。目の前で見た、上から数えて何番目の人が、褒めた人のことも信用してる。

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立場はいろんなものを重くするから、その人たちはもう、軽々しいことは言わなくなったし、言えなくなった。

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 ペラペラ色んなことを赤裸々に話せるのは、立場のない人間だけ。

 

人は集団になると悪いことも平気になると知ってる人は、集団から距離を置く。早い遅いにかかわらず、とにかく遠くへ行きたかったら、結局はひとりの方がいいんじゃないの。

 

遠くに行った後で、みんなと離れてひとりになりたくなったら、どう縁切りするのさ。金の切れ目は縁の切れ目で、気前よく手切れ金を払えば払うほど、縁もきれいさっぱり切れるのか???

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物理的にひとりになることは難しくて土地に縛りつけられていても、精神的にひとりになろうと思えば、技術が解決してくれる。情報収集を目的に使ってるツールに割り込んでくる人がいれば、遠慮なくブロックしたりミュートにぶち込んでる。

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 勝手にステマの踏み台っぽく使われたり、ひとりでいると弊害もあるけれど、だからと言って目的が違う人とはつるめない。

 

めざすもの、追及したいのはただひとつ。脳内がパカパーンと花開く瞬間だけさ。究極の選択で、エログロナンセンスからどれか一つを選べと言われたら、迷いなく「ナンセンス」を選ぶ。究極の選択だから、ナンセンスしか選ばない。

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お休みなさーい。

原油価格はなぜ乱高下するのか『石油を読む』読んだ

2017年2月に刊行された第三版。石油あるいは原油まわりの基礎知識とシェール革命も織り込みながら、最新の事情まで追った一冊。”石油がなくなる詐欺”にも、これを読んでおけば騙されない。

石油を読む〈第3版〉 (日経文庫)

石油を読む〈第3版〉 (日経文庫)

 

 読んだのはkindle版。

 

 著者は独立行政法人経済産業研究所に属す、エネルギー政策のエキスパート(らしい)。新聞や雑誌への寄稿も多い、「サハリン沖に眠る天然ガスをパイプラインで日本に輸送」しようぜと主張している人。

 

この本も、乱高下する石油業界を詳細に論じつつ、エネルギー政策上の提言として、最後には「ロシアと日本をパイプラインで結び、サハリン沖の天然ガスを輸入しようぜ」に着地する。

 

その提言のよしあしはともかく。

 

原油価格の乱高下は、今後も続くのかという一般人の素朴な疑問にも応えていて、学びが多かった。なんせこの分野についてはなーんも知らんから。なーんも知らんけど、原油先物価格WTIはニュースではお馴染み。

 

映像のインパクトはやっぱり大きくて、今年(2017年)の春先にはサウジアラビアの国王がアジアを歴訪し、豪華大名旅行を繰り広げた記憶も新しい。原油国、やっぱり金持ってんな。。と思いきや。

 

その内情は火の車で、シュワルツェネッガー知事が財政非常事態宣言を行ったカリフォルニア州や、経済破綻したギリシャ並みにやばいと知れば、相当やばい。

 

そんなに財政がやばいのなら、お金の使い方変えればいいじゃない?とはいうものの、そう簡単にはいかないのが中東湾岸産油国の事情で、石油というモノカルチャーに頼り切った経済システムの怖さも露呈する。

 

そもそもこの本を読もうと思ったのも、タイトル買いした『石油の呪い』に触発されてのこと。

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こちらは貴重な天然資源に恵まれ、恩恵をたっぷり受けるものの、社会システムには「呪い」となってふりかかり、かえって有害となることを書いた本らしいんだけど、難しすぎた。途中でギブアップしてる。

 

『石油の呪い』よりも数段やさしく書かれた『石油を読む』のおかげで、モノカルチャーに頼り切って自縄自縛となりつつあるサウジアラビアの姿がよく理解できた。

 

サウジアラビアを筆頭に、湾岸産油国が今後も経済成長を続けようとすると、原油価格の高止まりが必須。そのために彼らOPECは「減産」を外交カードに用いるけれど、減産による原油価格高騰で実体経済にダメージを受ける原油輸入国はたまったもんじゃない。

 

たまったもんじゃないから取引先の多様化を願ってせっせと油井を掘り続けた結果、中東湾外域外でも石油が生産できるようになり、湾岸産油国のシェアも低下した。

 

現在、世界最大の産油国はアメリカ。世界最大の石油消費国でもあるアメリカが、最大の産油国へと変貌したのはシェール革命のおかげ。

 

アメリカのエネルギー自給率を押し上げる形となった、シェールオイル、その掘削装置“リグ”は、原油価格の高騰、高止まりに絶妙に蓋をする。

 

シェールオイル単体で見た時の生産性その他云々かんぬんについては毀誉褒貶があるけれど、原油価格が高騰した時にこそシェールオイルは真価を発揮する。

 

バターが品薄かつ高過ぎて手が出なければ、マーガリン、あるいはオリーブオイルで代用しようとするのが、庶民の知恵。

 

マーガリンあるいはオリーブオイルにあたるのがシェールオイルで、その品質にも値段にも特に不満がなければ、バターが安価で市場に出回るまで待ちますか?いいえ待ちませんし、待てません。

 

ZOZOTOWNのセールス価格に慣れた今、デパートで定価で買いますか?デパートに勤務する従業員の生活を守るため、生活必需品の不足あるいは高騰に耐える義務が、顧客にはあるんですかね?しかもその従業員は怠惰で、1時間くらいしか働かないくせに高給取りときたもんだ。

 

というのが湾岸産油国原油価格とシェールオイル、ならびにサウジアラビア国民の極端なごく一部の姿で、こうなったら普通の企業は潰れてもおかしくない。

 

デパートの場合、たいていは駅前や繁華街などに位置し、そのエリアのランドマーク的存在かつ集客装置でもあって、存続は地域にとっての問題でもあるんだけどさ。

 

企業と違って国(しかも天然資源が豊富なだけに、厄介なんだ)が潰れてしまっては困るから、起死回生のマジックとして期待されているのが、「サウジアラコムの株式公開」で、その企業規模は、中国のアリババの4倍規模(2015年5月期の数字)と、これまた景気がいい。

 

日本円に換算するのもめんどくさい、とにかくゼロがいっぱい1千億ドル規模の、株式公開に伴い転がり込んでくるはずの大金をもとに政府系ファンドを起ち上げ財政再建サウジアラビアの)にあてるっていうんだから、捕らぬ狸の皮算用、ここに極まれり。

 

めざすは上場ゴールかい。。と、再生可能エネルギーの可能性こそ強く支持したくなるけれど、結局エネルギー政策は政治マターでもあるから、「他国のお家騒動」を鎮めるための打ち出の小槌を、何も自分とこで振ることないわなという現実路線を行くのが、トランプ政権なんだってさ。

 

振り回されたくなかったら、距離を置くのがいちばんで、最大の産油国でもあるアメリカが、サウジアラビアのお家騒動に付き合う義理も義務もないわな。

 

過去のオイルショックの話や、テクノロジーの進化によって原油掘削の技術も進み、埋蔵量も激増して石油枯渇は神話になりつつあるといったくだりは、素直に読み進められるけれど、眉に唾する箇所は確実にある。

 

そもそもエネルギー政策の話は政治マターで、市場がないあるいは機能していなければ政治の出番で、政治に頼るしかない。

 

不透明な要素が多過ぎで、サウジアラコムの企業価値を図る重要な要素、サウジアラビア原油埋蔵量についての信憑性は、いったい誰が保証、あるいは裏書するんですかね。

 

後半になるほど政治マターの話が多くなり、経済的要素の石油とその来歴、例えば掘削についてのくだりに興味がある者としては、読み進めるのが苦痛だった。政治、さして興味ないから。

 

暖房、あるいは家庭のエネルギー源は、石油かガスかIHか。どれがいったいお得???という興味からどんどん遠く離れていって、最後「日ロ間をエネルギー・インフラでつなごう構想」にまでたどり着くからめまぐるしい。

 

アルマゲドン』では、ブルース・ウィリスベン・アフレックも、石油採掘会社で働いていた。『アメリカンドリーマー 理想の代償』では、石油業界の“下流”でのし上がろうとする男性が主人公だった。最大の産油国アメリカは、とにかく掘りまくってもいるという印象は、データでも裏付けされた。

 

もっとさかのぼれば『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』と、リアリティとファンタジー要素が適度に混ざり合ったフィクション向きの職業として、石油掘削会社勤めの人間はフィクションにもよく登場する。

 

そこから派生した興味を『石油を読む』の前半部分は満足させてくれるけど、後半の政治マター多め要素になると、国際政治に興味を持って追い掛けていないと、辛い。

 

とにもかくにも一応は公平さや透明さが担保された市場に慣れ切っていると、政治に頼らざるを得ない業界の話は、非民主的で後進的であるとさえ思ってしまう。

 

政治に頼りたくなければ、市場をつくる。あるいは、より公平で透明な市場へと場所を替えるに限る。

 

読後感として強く抱いたのは、そんな感想。

 

石油業界まわりの話はパズルを解くようで、不透明さもあればこちらを選べばあちらが立たずといった、ボラティリティに満ちていた。論理的思考にどっぷり浸かりたい人向け。複雑だからこそ、この業界に魅せられる人が居るんだろうな、ということも痛感した。

(今はこんな特集記事もkindleで読めるんだね。めっちゃ安い。) 

映像のインパクトは大きいけれど、今やOPECやメジャーに昔日のようなパワーはなし。オイルマネーで先進未来都市という砂漠の薔薇。花咲く日は来るのかしらねぇと渋茶すする。

石油の呪い――国家の発展経路はいかに決定されるか

石油の呪い――国家の発展経路はいかに決定されるか

 

 序文にある一文でゲラゲラ笑った。でも全体として難解。難解だから、ゆっくり読む。

 

お休みなさーい。