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クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

ようやく咲いた桜と『私の中のあなた』と花粉症

5月になろうかという頃に、ようやく桜が咲き始めた北の国。

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(山桜系なので、ソメイヨシノ系のような、華やかさにはちと欠ける。。)

 外国人観光客の姿多し。海外もGW中なのか?そんなわけねぇ。仕事や留学などで、日本に滞在中の外国人なのかそれともなのか。国際観光都市としては、観光客が多くてよござんしたね。

 

こぶしと木蓮と桜がいっぺんに咲く、節操のなさ。日は長くなったけど、風はまだ冷たい。

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ウォーキングによい季節になったけど、今年初めてハンノキor白樺花粉症(どちらの仕業か、よくわからん)でエライことになった。風邪かと思うには、あまりにもあまりなクシャミ鼻水が、抗アレルギー剤を飲んだとたんにピッタリ治まった。あらやだやっぱりアレルギー。。

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(こいつは、こぶし系。)

北の国にきて、花粉症とは永遠に縁が切れたと思ったところが、甘かった。こんな腐れ縁、イラネーからどっかいけ。

 

カフンカフンとやかましいので、映画館にも行けず。代わりに家で、動画のお世話になる。見たのは、『私の中のあなた』。原題は『My Sister's Keeper』で、姉のキープとして、人工受精で生まれた少女が主人公。早い話が、クローンだね。

 

難病を抱える姉ケイトのため、ドナーとして生まれた妹アナが、家族(主に母親)の意思に逆らって、両親を相手に医療行為の中止を求めて提訴するお話。原告は、妹アナ。両親を訴え、法廷闘争に持ち込みアナがドナーを降りたら姉は死んでしまう。

 

ヘビーな内容かな?と敬遠して、気になっていたけど長らく手が出せなかった。見る方も覚悟が必要な重い話、見る気になるまで時間がかかる。

 

重い難病もの&家族の確執ものではあったけれど、終始泣き叫びまくりでも罵り合いまくりでもなく、予想以上に穏やかでハートフルでホッとした。

 

キャメロン・ディアスがエキセントリックに母親役を演じていて、エキセントリックな人が一人混じると、周囲はなんか気ぃ使っちゃって、本音なんかうっかり漏らせないよねー。

 

という雰囲気が、よく出ていた。

 

家族という密室の中では、言いたいこともうまく伝えられないから、法廷という場が必要だったんすかね。

 

弁護人や裁判長など裁く側が、少女のセンシティブな訴えを、内容相応に慎重に取り扱う姿が好印象。

 

原作である小説と映画版では結末がまったく違うらしいので、個々の人物の描き方も、より大勢の人が受け入れられやすいよう、書き換えたのかもね。原作の結末をwiki仕入れ、そりゃないでしょうと、映画版の穏やかな終わり方にますます好印象を持った。

 

まぁwikiのことなので、どこまで信用できるかわからないけど。

 

母親は姉を手厚く看護するけれど、妹であるアナには無理やり片方の腎臓を提供させようとする鬼畜。

 

授かったケイトの命は大事で、人工的に作ったアナの体はどうでもいいわけか???と、見る前は思ってたけど弟のこともほったらかしで、アナと同様ひどい扱いをしていたので、授かりものでも人工的に作られたものでもカンケーなかった。要するに、ケイトが不憫でならない母親だった。

 

人によってはきれい過ぎて嘘っぽいという感想も抱きそうな結末だけど、誰もが誰かのことを深く想っていたら、やっぱりこんな風にきれいに終わるんじゃないかとも思う。

 

法廷に訴えたとはいえ、争いが目的というわけでもなく、「私の意思を認めて」と訴えたかっただけなんだから。

 

家事のついで、例えばお料理しながらのながら視聴で、あんまり真面目にがっつり見てたわけでもないから、感動も薄め。ながらで聞き流していても、思わず正座して視聴する時もあるけど、そうはならず。想定の範囲内だったってことでしょう。

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北国では、最近見るようになったタケノコ。もしかして、今年は出回るのが遅いのか???

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タケノコご飯にして、美味しくいただきました。パスタにしたり、煮つけにしたりもするけど、やっぱりタケノコご飯が至高だわ。という個人的感想。

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明日からは5月。すでに1年の三分の一が過ぎたのかと、そこだけ感慨深い。

 

四季なんて感じようもない、雪があるかないかのツーシーズンしかない地域に生きてると、何事につけても大雑把になっていく。もちろん、これも個人差あり。

 

お休みなさーい。

偉人の数奇な人生を描いた『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』見た

グーグルのトップロゴで紹介されたら、その人は偉人。

 

数学者で科学者のアラン・チューリングチューリングマシンでその名を後世に残す、普通じゃない人の人生は、やっぱり普通じゃなかった。

 

ベネディクト・カンバーバッチアラン・チューリングを演じる『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』見た。

 

 第二次大戦中のイギリスが、主な舞台。ケンブリッジ大学の若き天才数学者アラン・チューリングは、対ドイツ諜報戦に従事するためブレッチリー・パークに赴く。

 

レッチリー・パークは、旧日本陸軍中野学校や、江田島にあった旧海軍兵学校みたいなものと思えば、まぁ大体合ってるんじゃないかと。

 

アラン・チューリングは、非暴力主義者かつ政治的にも中立で、愛国心とはほど遠い人。なのに、自ら望んでブレッチリー・パークの一員となったのは、当時史上最高の暗号通信機と言われたドイツの暗号通信機“エニグマ”攻略のため。いっちゃん難しいパズルを解いてみたかったという、純粋に学究的な興味から。

 

現代の数学者が、“解くのが非常に困難“なポアンカレ予想問題(ちなみに解決済み)に挑むように、第二次大戦中のアラン・チューリングが取り組むべきテーマとして選んだのが、”エニグマ“の暗号を解くこと。

 

見た目は複雑なタイプライターちっくな暗号通信機エニグマだけど、意味不明の暗号文を意味の通る平文に直すにはルールブックが必要で、159×10の18乗通りはあるというルールブックの内容を探っていくのが、チューリング達のお仕事。

 

チェスの世界チャンピオンや数学者、言語学者からなるチューリング達のチームは、銃や大砲が飛び交うことはないけれど、戦場の最前線でインテリジェンス業務につく、軍属になる。

 

エニグマの暗号が解読できれば、次の戦闘地や戦力がわかることになり、対ドイツ軍攻略に大いに役立つ。ただし暗号が解読できなければ、単なる役立たず集団。

 

戦時中とはいえドンパチシーンはほとんどなく、インテリジェンス戦の戦い方と、その指揮を執ることになった不遇な人物に、スポットを当てている。兵隊にしかなれない人の戦い方があるように、兵隊には決してなれない人の戦いが描かれているところが、この時代のものとしてはちょっと珍しい。

 

戦時中という非常時ほど、適材適所が徹底される。

 

チューリングは、銃をとって戦うにはまったく向いてない人。ついでに人の気持ちよりも機械の気持ちがよくわかる人で、そんな人、現代のCaltechカルテック)やMITあるいは東工大にインド工科大辺りだったらいくらでもいそう。

 

人間よりもマシン、無生物に傾倒するチューリングには、そうなってしかるべき過去があり、生命の危機を感じるほどではないにしても、かなりひどいいじめに遭っている。

 

チューリングみたいな人、人の気持ちよりも機械の気持ちがよくわかって、何時間も機械と向き合っていてもヘーキで人付き合いが下手で自閉気味な人、現代でもいくらでもいるけれど、時代に早すぎた悲劇で、当時はグーグルもなければアップルもない。

 

コンピューターという概念さえなかった時代に機械自身が考える、電気脳という概念をすでに考えてた人。エニグマ攻略に最も近い人物であったにも関わらず、時としてシングルタスクに専念させてももらえず、上層部の無理解でクビになりそうにもなる。

 

一見これ以上はないほど才能を生かした職場に身を置きながら、それでもやっぱり順風満帆とはいかないあたりが、『風立ちぬ』とはまったく違う戦時の職場が描かれる。

 

最先端の数学者の考えが理解できる人、同時代では常に片手くらいしかいないと思ってまず間違いない。

 

ついでに、戦闘行為という単純作業に従事しないかわりに、単純作業である戦闘行為の効率を高めることで大きな功績を残した人でもあった。功績は大きかったけれど、その代償として同時代に生きた人からは、決して手放しに英雄と持ち上げられない、戦時のダーティーヒーロー、それがアラン・チューリング

 

誰を生かして誰を見殺しにするのか。

 

人の気持ちよりも機械の気持ちの方がよくわかり、機械的に処理できたからの悪魔的所業。神様的所業でないのは、それが破壊行為に直結していたから。

 

大局的にその行為が正しく、結果として戦争の早期終結をもたらし、イギリス軍の損害を減らすことになっても、戦死者の遺族からは、非難もされる。だから、彼の功績は徹底的に隠された。

 

望まずしてダーティヒーローとなったものの、そもそも学究肌でピュアな人。インテリジェンス業務にはとことん向いてない人が、スパイや二重スパイと共に“不純”な職場で働かざるを得ない悲劇でもあった。

 

ワーカホリックで自閉気味で、いじめで受けた暴力行為の反動で非暴力主義者となり、目覚ましい功績を挙げたマイノリティとして、サン・ローランを思い出した。

 

暴力の反動で、サン・ローランは美の世界に傾倒し、アラン・チューリングはロジックの世界に傾倒した。

 

もしチューリングが生まれたのが、あと30年は遅かったら。あるいはサン・ローランのように、公私にわたるビジネスパートナーに恵まれていたら、その人生は、もっと違うものになっていたのに。

 

一芸に秀でるほど秀でた人物の不遇な人生を、映画にしてトレースすることは、同じような被害を繰り返さないためと思いたい。

 

一見響きはカッコいいサイバー軍だけど、インテリジェンス戦の最前線に身を置くことは、往々にして非正義や非人道的な行為と仲良しなのさ。

 

そしてマイノリティ中のマイノリティは、最も餌食にされやすいから要注意。

 

名誉回復によって正しさは後から取り戻せるけれど、彼が味わった哀しさとかやるせなさとかやり場のない怒りとか孤独とか。そんなものは、もう今さらどうしようもない。

 

人の気持ちより機械の気持ちがよくわかることは、現代では錬金術になり得るけれど、その代わりに人でなしにも近くなる。他の誰にもできないことができた人の悲劇が、ただ悲しい。

 

ロジックの世界を選んだ人が、ロジックではもう遊べなくなったら、そりゃ死にたくもなるだろう。と、ラストシーンを勝手にそう解釈した。

 

お休みなさーい。

『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』読んだ

ツールがあったら使ってみたくなるのは人情というもので。

 

アメリカの諜報機関NSAから「XKEYSCORE」というメールや通信記録の収集・探索が可能な監視ツールの提供を受けた日本側の人、使ってみようと思わなかったのかしらねぇ。。

 

スノーデン事件にパナマ文書に、毎日どこかで起こっている個人情報の漏洩に。現代は暴露の時代だから読んでみた、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』。

 どこかで秘密のビジネスを行いデジタルの痕跡を残している者は、今日もはや枕を高くして眠ることなどできない(本文より引用)

 TwitterにFBにインスタグラムにスナップチャットにと。SNSをはじめとするネットのデジタルツールは発達し続けているけれど、どこにも誰にも監視されずにやり取りできる安住の地なんて、デジタルの世界にはもはやないのさ。

 

ということがよくわかる本書だった。食べたもの・行ったところ・会った人。個人はSNSで積極的にプライバシーを自ら暴露し、国家や要人の隠し事は、スノーデンファイルやパナマ文書のように、暴きたい人によって暴露される。

 

サイバー空間も国家の諜報機関の重要な拠点となり、諜報活動を行うインテリジェンス機関にとっては手つかずの領域が広がり続けている。21世紀のスパイ合戦は、サイバー空間でこそ活発で、オリンピックなどの国家事業に対しては、全世界から格好の標的になる。

 

2012年開催のロンドンオリンピックでは、二億件のサイバー攻撃があったとか。

 

攻撃は最大の防御とはいえ、相手がわからなければ反撃のしようもない。そんな状態では、企業も国家も非戦や不戦を貫くのは難しい。狙われる以上は狙ってくる相手を特定し、何らかの手段を取らないと、ただ損害を被るだけ。やられ損なんだ。

 

そしてサイバー攻撃による情報漏洩は、国家間の緊張を高めるリスクや政治材料にもなっている。情報統制に厳しく、サイバー空間も国家が管理すべしとするロシアや中国と。対照的に表現の自由や情報流通の自由を大事と考える、日米欧と。

 

情報やデータに対して、根本的に考え方の違う国からうっかりデータの提供を求められたら大変で、セキュリティに関するセンシティブな状況もわかりやすく述べられていた。

 

いちユーザーは深く考えずに使っているけれど、IT企業にとっては頭の痛いところかつ、金の卵で悩ましいところ。セキュリティに関する技術の多くは、民間でも使える両用技術で、今の時代容易にお金に代わるのがセキュリティ対策技術なのさ。

 

暗号とかね。暗号化によって、データの読み取りに時間がかかるようになってるんだってさ。情報が抜かれて困るサイドには朗報。

 

日本では求められた時に、必要とあれば提供するスタイルが主流で、アメリカのように常時ピックアップな状態ではないのが普通と知って、ひと安心。何が不法でグレーゾーンなのかも、よくわかる。

 

拡大解釈されて、いち市民まで国家や諜報機関あるいは軍の監視対象となるなんて、嫌すぎるからな。

 

サイバー空間のセキュリティ周りの話は、一般人にはブラックボックスなことが多い。

 

わからないことが多すぎるから、どこからがグレーゾーンなのかや、現行の問題点についても、簡潔に指摘されている親切設計な本だった。

 

国家とIT企業は一枚岩ではないし、セキュリティ上必要とはいえ、不必要に国家が個人のプライバシーを暴くことのリスクも織り込んでいる。

 

法治国家や組織は、法的な問題を進んで抱えたがったりしない。

本来のハッカーとは、技術を使って世界をより良いものにしようとする人たちのことだった。インターネットはそのためのツールだったにもかかわらず、人々のプライバシーを侵害し、自由な発言を抑圧するものになりつつある(本文より引用)

 ことを憂慮しつつ、それでも暴露は止まらないと予言してもいる。日本人は千年の昔から、あいつ気に食わねぇとか日記に書き残してきた民族だからな。

人に危害を加えようとする人たちは、ますます自己暴露に慎重になり、姿を隠そうとするだろう。(本文より引用)

 

人の顔見るなり逃げ出していった人のこと、よく覚えてるよ。

 

いったいどんだけやましいことしたんだか。忘れない。暴露がやまない世の中で、顔出しして意見表明する人の価値は、長期的に上がっていくんでしょう。

 

アレルギーで鼻づまりに苦しむ身では、あんまり深いこと考えられなかったけど、サイバーテロについて初心者が知るにはちょうどよかった。

 

お休みなさーい。

『チャットボット AIとロボットの進化が変革する未来』読んだ

Amazonの人口知能「Alexa(アレクサ)」を搭載した、echoの日本発売を心待ちにしてる。Echoは、音声を認識するチャットボットという理解で、多分いいはず。

 

ところでチャットボットって何なのさ???ということで、『チャットボット AIとロボットの進化が変革する未来』を読んだ。

チャットボット AIとロボットの進化が変革する未来

チャットボット AIとロボットの進化が変革する未来

 

 著者はBASE 出身で、現在は沖縄でデジタルマーケティング関係の会社を営んでいる人。

 

チャットボットという単語くらいは聞いたことはあるビギナー向けで、技術的なお話はあんまりなし。botの解説にはじまり、チャットボットの説明、ビジネスシーンでの活用方法、主要プレーヤーの取り組みや、チャットボットの可能性について書かれている。

 

本書は2016年10月に発売されたもの。スマホファーストが決定的になり、アプリ全盛の今だからこそ、「グーグル検索の次」に来るものなんだろうと、読む気になった。

 

チャットボットとは、会話プログラムを通して相手の意図を推定し、目的の行動へすばやく導くツール(本文より引用)

 とのことだけど、“札幌”“カフェ“”人気“や、”雰囲気がいい“で検索したところで、誰もが満足する結果が得られるとは限らないのは、もうみんなにバレてる。 

 

グーグルさんもがんばってるけど、逆SEOやブラックハットと、グーグルの検索結果がイマイチ信用できなくなった、今日この頃。玉石混淆の結果から、ちまちまゴミをつまみ出すのも面倒極まりない。

 

グーグル検索が浸透するとともに、SEO事業者の存在感も大きくなって産業となったように、チャットボットが日常に浸透するようになれば、今までにない新しい職が生まれて、周辺が活気づく。例えばチャットボットの根幹となる人工知能を鍛える、AIトレーナーとか。

 

アプリを買うように、チャットボットが購入できるボットストアもすでにあり、その種のボットを提供しているのは、LINEのようなメッセージングアプリを提供するプラットフォーマー。

 

テキストによるチャットボットは、すでに数億のユーザーを持つプラットフォーム上にて密かに浸透中で、有力メッセージングアプリとして紹介されているのは、FBメッセンジャー、KiK、LINE、Wechat、Telegramなどで、日本人にとってなじみが薄いものもあり。

 

「FBに書き込むのはダサい」という感覚から、ティーンの間で人気となっているサービスもあり、スマホSNSも当たり前の世代の行動は、予測がつくようでつかないから面白い。

 

効率を求める大人とは別のベクトルで、チャットボットに親しむ可能性が十分にあり、その筆頭が女子高生型人工知能「りんな」。LINE上で、マイクロソフト提供の人口頭脳コルタナを搭載して活動中。

 

チャットボットを提供するプラットフォームは複数あれど、結局そこで使われている人工頭脳エンジンとなるボットはさして多くない。商用ベースではFBの「M」、マイクロソフトの「コルタナ」、Amazonの「アレクサ」、Appleの「Siri」、グーグルの「グーグルアシスタント」など、結局はIT企業の巨人しか見当たらない。

 

商用に耐えうるには膨大なデータの蓄積が必要で、集めたデータを会話にも利用できるよう、再編集できる技術を持つのも、きっとこの辺。

 

常識が通じないコンピューターに、あさってな回答をさせないための仕組みについては、本書ではサラッとしか触れていない。

 

触れられてないから、本書刊行の半年くらい前には、チャットボット開発のスタートアップが、一瞬盛り上がって沈静化したのかも。本書で取り上げられていた、チャットボットビジネスのトップランナーが開発したというアプリ、息してるようには見えなかったんだけど?

 

人と機械とのスムーズな会話はやっぱり難しくて、特にテキスト方面では人がサポートする「ハイブリッド型」が今はまだ主流っぽい。

 

日本語に限っても、漢字・仮名・カタカナといった表記の揺らぎ問題や、話し言葉か書き言葉かといった難問が、豊富なデータと学習量を誇るガリバーを有利にする。

 

概念間の上位・下位関係、部分・全体関係といった関係性を明示的に記述した辞書(「検索の新地平」より引用)

 をすでに備えているのは、ガリバーくらい。未知の言葉に対してはチューニングも必要で、辞書も持たずにチューニングもできないその他は、ガリバーが提供するボットエンジンを使って開発していくしかない。日々膨大なデータが集まってくるガリバーに、圧倒的に有利な世界。

 

人はなんのために検索、調べ物をするのかというと、「探したい、見つけたい」ものがあるから。探したい・見つけたいものへの最短経路さえわかれば、テキストから画像、あるいは音声へと容易に乗り換える。使うツールもグーグルにしばられない。

 

スマホネイティブにとって、web上でのコミュニケーションはすでに日常のもの。馬鹿げた情報量に取り巻かれていても、自分の興味の範囲を超えることは難しく、検索が難しいのもそこに理由がある。

 

興味の範疇を超えた質問なんて、そうそう思いつくもんじゃないからサジェッションに頼りまくり。

 

人工頭脳に尋ねること、頼ることの意味もきっとここにある。他人の頭脳を借りて、玉石混淆な情報の中から、ゴミを取り除いてより有益なものだけ欲しくなるから。

 

第一印象が大事なように、最初に出会う情報に、やっぱり人は引きずられる。

 

だから深層学習を重ね、勤勉かつお利口さんなチャットボットに、とりあえずは引っ張られたい。echoの日本発売を、指折り数えて楽しみにしてる。

 

お休みなさーい。

律儀だね

買い物のたびに「ポイントカードはお持ちですか?」と聞かれるのが嫌でしょうがない。

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(小さい春)

尋ねる方も嫌だろうと思うのに、律儀に「○○カードあるいは△△カードはお持ちですか?」と職業的笑顔でにこやかに聞いてくる人がほとんどで感心する。その律儀さと忍耐強さがあれば、当面はチャットBOTなんて敵じゃないだろう。

 

とはいうものの。

 

笑顔かつ律儀に忍耐強く応対してくれる店舗でしか、買い物しないよう心がけてるからで、特に外国人観光客が多い店で買い物すると、日本人にはより丁寧に接してくれるとの気付きも得てる。

 

嫌らしいんだけどさ。

 

人手不足解消のために使われる、始まりはそんな使い方なら納得もする、チャットBOT

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ルフレジを導入するスーパーも増えてきて、次はいよいよコンビニにも進出する番。「店員さんが多い」店ほど、なんとなくランクも上な時代になるのか。コンビニは、コンビニエンスな場所だからいいのであって、丁寧な接客なんてそもそも望んじゃいないからそれでよし。

 

スマホをキャッシュカードがわりに、ATMの引き出しもできるようになって、一瞬面倒くさいんだけど、その方が安全だからなのか、それとも単に他行との差別化のたまものなのか。そのあたりがよくわかんね。

 

なんでもかんでもスマホの出番となるのも信用ならなくて、ほんとに何を信用すればいいのか、わからない。

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 携帯電話、スマホの回線が今のところいちばん安全性が高いと、これは身の回りで不審な出来事が続いていた時に相談した会社の人が言っていた。でもさ、安全性が高いからと、なんでもかんでも放り込んでいて、そこ破られたら目も当てられないから、分散管理するしかない。

 

便利になるかわりに心配ごとは増えて、総体ではなんだか損した気分。宵い越しの金は持たねぇスタイルの方が、能天気に生きられそ。

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精度があがったはずのグーグル翻訳も、今時使う人も滅多にいない言い回しの前では「I do not have money in the evening」としか答えられずに、安心する。

 

どのような人生を送れば、他人の人生に不当に介入することに喜びを見出し、自分にはその権利があると思い込むことができるのか。

 

その頭の中や来し方を聞いてみたいような気もほんのわずかながらあるけれど、のぞいたところで荒野、あるいは砂漠しか広がってなさそうだから、やっぱり見るもんじゃない。

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 お休みなさーい。

スカーレット・ヨハンソンが凛々しい『ゴースト・イン・ザ・シェル』見てきた

スカーレット・ヨハンソン演じる少佐、意外と違和感なし。アニメそのままというには、グラママス過ぎるところが玉に瑕?でもいいの、美しいから。

 

見てきたのは、2D吹替版。

 

スカーレット・ヨハンソン義体に接続された、少佐こと田中敦子の声と思えば、楽しさもいや増す。ビートたけし演じる荒巻は、英語の台詞を話すのかと思ったら日本語のまま。なぜか英語の字幕付きで、視覚的効果にもなっていた。

 

スカーレット・ヨハンソン、なんて凛々しくて美しいんでしょう💕

・義眼を装着する前のバトー、かっこいい!!!

・エレクトリカルかつアジアの混沌がミックスされた、街の景色ステキ―💕

・随所に原作となる『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』へのリスペクトあり

・とはいえ誰やねん、こいつ???と思うキャラも登場

企業のネットが星を被い 電子や光が駆け巡っても 国家や民族が消えてなくなるほど情報化されていない近未来― 

GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』より引用

 そのままの街の景色がまずかっこよくて、さすがハリウッドのテクノロジーは素晴らしい!!!と感心した。街の景色に関しては、二次元より三次元の方が断然魅力的。

 

エレクトリカルな高層ビル群が立ち並び、巨大化したキャラクターのホログラムがたゆたゆーんと浮かび上がる景色は、アジアンな近未来都市のステレオタイプそのまま。上を見ればキラキラ、足元はゴミゴミで、ドブネズミが走り回ってそうで緑少なし。

 

ビルの緑地化、あるいは高層木造建築など、緑と一体化した都市計画を志向する、欧米の未来都市とは大いに違うんだな、これが。

 

スカーレット・ヨハンソン演じる少佐を筆頭に、原作の雰囲気や世界観がしっかり踏襲されていて、原作ファンへの配慮も大いに感じられる。

 

とはいうものの。

 

トーリーはハリウッドオリジナルバージョンで、そこはちょっとガッカリ。

GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』をベースに、人形使いが少佐や9課を翻弄するストーリ―になるのかと予想してたら、「あんた誰やねん?」というキャラが登場して混乱した。原作も映画しか見てないので、原作映画に登場しないキャラは知らないのよ。。

 

初見の人でも楽しめるよう、わかりやすさに舵を切らないといけないのはわかるんだけど、それでもチープなお話にするのやめてーという気持ちが抑えられない。わかりやすくないところが、原作の魅力だったから。

 

少佐を演じたスカーレット・ヨハンソンも、原作を見ても何が何だかわからなかったと、インタビューで答えてたくらいだからな。わからないものを演じることになった、女優さんも大変。だから、わかりやすいストーリーになったのもしょうがない。

 

しょうがないんだけどさ、もったいない。

 

GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は、あらゆるネットワークに繋がった電脳を持つ、サイボーグ化されたそれ自体が兵器ともなる強力な義体というボディを得た、「人類とは別種の知性体」が主人公のお話。

 

人類とは別種の知性体となったモノが、人間らしく振る舞いながら、時には「人間とは何か」、「人を人たらしめているものは何か」という深遠なテーマを考える。電脳に支配されるモノそのものが、どのような価値判断や価値基準を搭載すべきかと考えている。自己流で解釈すれば、そんな感じ。

 

IoT、Internet of Thingsで、グーグル製の人工知能とか、IBM Watsonとか、AmazonのAlexaが搭載された、自動運転車やガジェットやホームセキュリティその他サービスが、かつてないほど身近に想像可能な今。

 

人工知能はどうあるべきか」と、AIに搭載される価値判断を問うのに絶好の機会なのにさ。しかもハリウッドによる問題提起だったら、世間に対するインパクトも抜群なのに、なのに、なんでチープなテーマになっちゃうんだか。もったいなくてしょうがない。

 

ハリウッドバージョンも、ストーリ-そのものはミステリアスに進行する。

 

謎解きの趣向は味わえるけど、スカーレット・ヨハンソンが解こうとするのは、「人間とは何か」、「人を人たらしめているものは何か」という深遠なテーマじゃないんだな。もっとちっさい謎。

 

スカーレット・ヨハンソンに、ビートたけし桃井かおりジュリエット・ビノシュと、世界的なスターが勢ぞろいして、ちっちぇテーマを追うなんて、もったいない。

 

ハリウッドバージョンから受け取るメッセージが、「悪い子は、無理やり義体に繋がれて、一生電脳の奴隷にされちゃうよ★(※これは勝手な自己解釈です)」とか、手垢つき過ぎ。

 

しかも心が強すぎるものは、義体との接続には向かないんだってさ。

 

心が強すぎる=自我が強すぎるものは、そもそも反逆精神やファイティングスピリットも旺盛で、実験体にはもってこいだからな。

君が今の君自身であろうとする執着は、君を制約し続ける 

GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』より引用

 ハリウッドバージョンでは物足りないから、つい原作を見直してしまう副作用つき。

 

スカーレット・ヨハンソンに、ビートたけし桃井かおりジュリエット・ビノシュと、世界的なスターは、電脳に頼らずとも人的リソースを通じて、世界のあらゆるネットワークへの接続をすでに手に入れている。

 

あらゆるネットワークに繋がった頭脳を電脳に移転した時、入れ物となる義体、あるいはボディで車体は、どれがいいんですかね。

 

何を演じてもたけしにしかならないたけしは、自我が強すぎるから、やっぱり義体との接続は無理そうとか、勝手に考えて遊んでおりました。

 

少佐の硬派なイメージを演じ切ったスカーレット・ヨハンソンもいいけれど、少佐の義体をメンテナンスする技術者役のジュリエット・ビノシュが見せた、母性にも通じる深い愛情もよかった。

 

人類とは違う別種のモノに対し、最も深い愛情を見せたのはメンテナンスする人だった。というエピソードは、人とモノとの関係を考える時にも、ヒントになりそう。

 

童の時は 語ることも童のごとく 思うことも童のごとく 論ずることも童のごとくなりしが、人となりては童のごとく捨てたり

GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』より引用

 こういう意味深な台詞が、随所に散りばめられているところが原作の魅力。

 

原作の続編となる『イノセンス』では、意味深な台詞もさらにパワーアップで、原典を突きとめようとした人がたくさん出てきましたねぇ、と昔を思い出したさ。

 

原作を知らない人に対する、心理的障壁や忌避感を取っ払うには、じゅうぶんいい仕事してたんじゃないでしょうか、ハリウッドバージョン。わりと好き。

 

お休みなさーい。

ニセモノでもマスメディアになれるのか『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』読んだ

しばらくカネカネカネと、お金や決済に関する文章を詰め込みまくったので、毛色の違ったものでお口直し。『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』を読んだ。

 

この季節、4月にしては30年ぶりとかいう名残り雪が吹雪まくった翌日の最高気温は、18℃。寒暖差が激し過ぎ。

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新聞を購読するのをやめて、もう何年経つのか。

 

テキストで読むニュースは、ほとんどすべてネット経由で摂取してる、かなり熱心な読者。ちゃんと課金もしてる。とはいえ、ニュースそのものにしか興味はなくて、ニュースを配信してる会社や組織の中身はよく知らなんだ。

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『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』で取り上げられているのは、ヤフー、LINE、スマートニュース、日本経済新聞、ニューズピックの五媒体。

 

銀行や生保・損保が合従連衡を繰り返し、最終的には片手で数えられるメガグループに収斂していったように、近未来的にはテキスト系ニュースメディアも、この五媒体に収斂していくんだろうと思いつつ読んだ。

 

公知されるべき良質なニュースの送り手であり続けるには、どう考えてもメガ化して、選択と集中で効率高めていくしかないから。

 

スマホシフトという環境の変化が、否応なしにマスメディアのカタチも変えていく。その変貌するさまを、つぶさに見続けたここ数年でありますことよ。

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ニュースの受け手としては、“プラットフォームなのか、メディアなのか”を気にするようにもなった。プラットフォームなんだから玉石混淆で、メディアなんだからそこにはメディアの主張がある。と、周知されれば余計なクレームも減るんじゃないでしょうか。過度な期待を持つ方がお門違いってことで。

 

ヤフーがソフトバンク資本だってことも、NAVERが会社組織だってことも(サイト名としか思ってなかった)わりと最近まで知らなかった。そんなこと、気にしたこともなかったから。

 

ニュースを読むことは好きでも、その中身にはまったく興味も関心もなかった人にとって、ニュースサイトの裏側あるいは内側をのぞくことは、大人の社会見学にも似た行為。中身を覗き見る前と後では、そのサイトに対する印象も変わる。中の人の言い分をまとめて並べると、各サイトの個性もくっきりはっきり。

 

ピックされた五媒体の中では、著者はヤフーに対して辛口。

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その遠因に、著者がヤフーに取材を申し込んだのに断られ、にもかかわらず他媒体の取材には応じていたという、一瞬ネットで話題になったいきさつが、関係しているのか否か。と、思い出せるほどにはネット上のイベントにもついていける、自分がちょっと悲しい。

 

「中の人」のことはよく知らないけれど、書き手として名前が挙がってる人のことごとくは、その書いたものについてはよく知ってる。

 

ネットニュース黎明期から、そこで名前が挙がってる人たちの書いたものを読んできたから。

 

個人の名前をババーン!と大きく打ち出してきた書き手も、いつの間にかネットでは見なくなっていった。特に、ニュース記事の書き手としては。

 

ネットの書き手がテレビにも進出するようになって、書き手から「解説する人」やマネジメントその他にランクアップしたのか、それとも別種の方向転換をしたのか。何が起こっているのか、外側の人間にはわからないけれど、ないがしかの変化が起こってることだけはよくわかる。

 

同種の「メットメディア」をテーマとした本が5年後にも書かれるとしたら、その時にはAbemaニュースやその他、動画配信サイトも入ってなきゃ嘘。

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暇人だから、毎日飽きもせずにじっくりとっくりニュースサイトを読んでいる。スマホは遷移が簡単で、思いがけずにたくさんのニュースが読めてしまうけれど、たくさん読むことに飽きたら、読みたいのは長文の解説記事。ニーズが少ないことは、よくわかってんだけどさ。

 

娯楽しか求めてない人と、娯楽以外を求めてる人と。目的のためには課金の準備がある人と、それ以外と。真ん中ががら空き状態は、今後も引き続きそうで、そこは切ない。

 

民意を反映して、サクサク読める軽いニュースと、お金かかってるけど読み応えのあるずっしり重い解説記事と。分厚い中間層がかぎりなく薄くなっていく世の中を反映してるようで、だから切ない。

 

食べたもので人の体が出来上がっていくように、読んだもの・摂取した情報でその人の内面が出来上がっていく。

 

とりあえず「みんな」が見る・読むニュースサイトの中身、意外と公共性はあるけれど、だからといって公営でもないから、公共性を全面に押し出したらそっぽ向かれるのがツラいところ。

 

人は、悪いことのためには集わないはずなんだけどさ。悪いことを楽しいことに変換するのがお上手な人がいるもんだから、その辺のモラルがぐっちゃぐちゃになったのも、ここ数年のこと。

 

黎明期からネットメディアの品質と信頼性の向上めざしてきた人にとっては歯痒いかも知れないけれど、ニセモノあるいはまがい物のままでも、マスメディアになることはできる。

 

本物しかマスメディアになれなかったわけじゃないのは、過去のオールドメディアを見ても明らかで、同じことの繰り返しだったら、進歩がない。

 

進歩を志向する生き残った人たちが、ネットのマスメディア化を強力に進めたら、そこはもう玉石混淆の、かつてのネットとはまったく違う世界がきっと待っている。

 

ネットメディア、とりわけニュースサイトの質の向上と、ネットのネットらしい世界の温存と。ネットへの愛とか信頼とか執着とか。同根、生まれは一緒であってもまったく違うベクトルが、同時に走り出すのかも。かもかも。

 

ニュースの受け取り手にとっても、たいへん有意義でした。もう十年は前になるけど、ボストングローブ社に「大人の社会見学」に行った時のことを思い出した。

 

その当時でさえ、もっと騒がしいものに違いないと思っていた新聞の製作現場にはITが入り込みつつあって、静かなことに驚いた。あと、見学コースに限ってのことかもしれないけれど、室内は整理整頓されていた。うるさい&汚いという、ステレオタイプなマスコミの現場と全然違った。

 

ついでに机やパソコン周りには家族や友人の写真が豊富で、家庭円満っぽい「いい人」そうな人が多かったことも、印象に残ってる。

 

私は新聞社の見学に行ったけど、同時期にそこにいた同じようなポジションの女性は、テレビ局へ大人の社会見学に行っていた。

 

まぁなんつうか、人生のある時期をその場所そのポジション(働いてたわけじゃない、念のため)で過ごす人なら、この辺のことは知っときなさいよ的なイベントでございました。

 

社会が上方と下層に分かれつつあるなら、ステマに加担したりフェイクニュースに加担したりしたら白い目で見られる階層を、地道に作っていくしかないんじゃないでしょうか。

ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか (光文社新書)

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お休みなさーい。