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クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

二人が会ったからといって、何かいいことあったのか???『エルヴィスとニクソン~写真に隠された真実~』を見た

ヤクルトはそんなに好きじゃなくても、カップdeヤクルトならパクパク食べられる不思議。プリンよりも甘すぎず、ヨーグルトよりもおやつっぽいところがいい。乳酸菌が減ってようが、そんなことは無問題。美味しいは正義さ。

 

実話を大胆に脚色し、コメディに変えた『エルヴィスとニクソン~写真に隠された真実~』を見た。

 エルヴィス・プレスリーリチャード・ニクソン大統領。

 

ぶっちぎりの大スターと、ウォーターゲート事件でぶっちぎりの悪役となることが多い大統領と。この二人が、1970年に密かに会っていたという事実をもとに作られた映画。

 

事実をベースにはしていても、二人の会談に大いなる意味があったとはとても思えないという、後世の歴史家の判断を入れてか、コメディー仕立て。登場人物がゴージャスで、各々がニッコリ笑顔で微笑んではいても、そのタッグに意味なんかないことは、あやしい健康食品や胡散臭い宗教系でもお馴染みの構図。

 

会談の実現に苦労はしても、実現した会談に振り回されまくっても、「あらあらまぁまぁ、この二人で会談なんかしちゃってたのね」と後世の人の話の種にしかならなかった。話の種になっただけ、マシなのかもね。かもかも。

国立公文書館の画像資料の中で最多の閲覧回数を誇る写真とともに永遠に語り継がれる、キング・オブ・ロックンロールとニクソン大統領との面会に隠された、衝撃的かつユーモラスな語られざる真実の物語。(Amazonビデオ作品紹介より引用)

 1977年に急死したプレスリーは、1970年には35歳くらいか?キングと呼ばれるくらいだから、もう少し年食ってるかと思ったら意外と若かった。

 

さてそのキング、ミュージシャンとして大成功し、街を歩けば誰もが振り返るスーパースターとなっても、なんだかつまらなさそう。

 

レコードやコンサート、音楽だけで十二分に食べていける、幸福な時代のミュージシャンだから世間知ゼロ。一人では飛行機に乗ったこともなく、持ち込み禁止の拳銃と一緒に機上の人になろうとして拘束されたりする。

 

世間知ゼロがもとで数々のトラブルに見舞われるけれど、そのたびに“スーパースターの特権”を生かしてピンチを切り抜ける。ポリコレが遠くはるかなる時代だからこそできた、有名人ゆえの顔パスを生かしまくり。

 

顔がパスポートがわりの有名人相手でも、必要であれば身分証明書の提示を求める法の番人の方にこそシンパシー感じまくる手続き重視派。なので、ポリコレが機能してる時代に生まれてよかったと胸をなでおろした。

 

スーパースターの特権を生かしたいプレスリーは、“とある望み”を抱いて時のニクソン大統領との面談を望む。

 

今だったら、政府のメディア対策部門とプレスリー側の代理人が会ってゴチャゴチャネゴするところ、プレスリーが自力で大統領との面談を実現させようとするから、おかしい。自分の”顔パス”力を信じてなきゃできない所業の数々が、披露される。

 

世間知ゼロのスーパースターが、手続きや礼儀を重んじる大統領府に“スーパースター流“で挑むとどうなるのか。プレスリー本人はあくまで真面目だから、おかしさしかないんだ。

 

“とある望み”を抱いた動機も真面目。ふざけていればともかく、どこまでいっても真面目な相手なら、無下に扱うこともできないのさ。

 

大統領サイドだけでなく、プレスリーの付き人兼マネージャー的な人物も、振り回すだけ振り回して、君はそれで満足かいというオチもステキ。

 

ファンでもファンじゃなくても。国民誰もが知るスーパースターだからできた、無法で特別扱い。現代だったら不謹慎と、SNSでリンチに遭ってミュージシャン生命が危うくなりそうな出来事も、時代が変われば許されてしまう。

 

アーティストサイドの人は、スーパースターなら何でも許された、この時代への憧憬でもあるのかも。かもかも。スーパースターに向けられる眼差しの移り変わり。そういうものを知るのにもちょうどよし。

 

今だったらミュージシャンよりアスリートの方が、一般人への知名度も高く、キャーと嬌声で迎えられる確率もより高そう。

 

LINEブログで書く、有名芸能人・著名人の名前をほとんどを知らない。そっち方面への興味・関心が皆無な自分にとって、一体誰のためだったら不法行為さえ見逃せるだろうかと、ちょこっと考えたさ。

 

お休みなさーい。