ありとあらゆるモノを、今すぐ俺・私のもとにもってこいという欲求がなくならないかぎり、ラストワンマイルの問題は解決しない。
だけどお買い得品を誰よりも早くという、経済的時間的効率性を最短で提供するツールがその性能を最大限に発揮したとき、“そんなの、そういう顧客のそばに置いときゃいいじゃん”で、ラストワンマイルの問題はわりとあっさり解決する。
“そういう顧客のそばに置いときゃいいじゃん”という解が誰にでもわかってはいても、誰にでも実装できないのは、資金の壁や商慣習や商慣行の壁が立ちはだかるからで、壁を越えていけるのは、壁よりも大きな巨人だけ。
例えば明文化されていない慣例で、新年の仕事始めには晴れ着を着ましょうという場にジーンズとTシャツという格好で現れても面と向かって文句が出ない。不文律が生きている場でジーンズとTシャツで現れたその人は、実務家として貢献しているから文句は出ないし言わせないんだと見做せる。
商業、というより小売り業界における覇権の移り変わりを追った『コマースの興亡史』という本を読んだ。
人名や小売り業を制した巨人である企業名も出てくるけれど、偉人伝じゃない。
商業覇権の担い手や改革主体はその時々で変わる。その変化が何によって引き起こされ、変化によって変わった仕組みやルールについて掘り下げている。
レパントの海戦やアルマダの海戦といった世界史上の出来事が、制海権の移り変わりを象徴し、大航海時代の先には産業革命があって大衆消費社会の幕開けが待っているように、流通革命やeコマースといった出来事が、商業覇権の移り変わりを象徴するビッグワード。
便利なワンワードでぼんやりとイメージされる覇権の中身や、覇権獲得に至る道のりみたいな背景も詳述されているので、オフラインからeコマースに新規参入する際の教科書にもなりそうだった。
eコマースそのものには興味が薄くても、画期的な出来事が起こる背景や、画期的な出来事が社会や業界に与えた影響について書かれたものが好きな人なら、大体楽しめるはず。しかも現在進行形だから、遠い過去ではなく未来に繋がっている。
商業という営みがオフラインからオンラインに拡大し、商物一致という従来の原則が崩れても普遍的なものは普遍的なまま。豊かさを志向するベクトルは変わらない。
ラストワンマイルの問題は、“そんなの、そういう顧客のそばに置いときゃいーじゃん”で大体は解決する。だから、置き場所と置き場所を押さえるための資金さえあれば解決する問題で、昔っから倉庫業は富豪がやるものと決まっている。
豊かさをめざした時、従来の慣習や慣例は壁にもなるけれど、伝統が味方になると慣習や慣例は壁にはならず、むしろサポーターとなって戦力が増す。課題がすでにある。課題に対する解もわかっている。足りないのは、解を実装する豊かさだけ。という時、覇権はまた移り変わるんだろう。
本を手に取った時、その分厚さに一瞬怯んだけれど、フォントは意外と大きく読みやすいサイズだったので、目に負担をかけないフォントサイズを目指すと分厚くなるんだと思った。
書き込まれた量の多寡は、ページ数ではなくデータ量で比較すると比較も容易で、諸々が一目瞭然。
新年の仕事始めを晴れ着で迎える慣習をよしとする側が、ジーンズとTシャツ派の攻略法や折合いの付け方を学んだあとに出てくるのは、ビキニや水着といった限りなくすっぽんぽんに近い恰好でニッコリ笑顔の人たちで、常識に挑戦するということはそういうことなんだと思った。