クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

スキマ

真夜中なのに外が明るく感じる時は、だいたい雪がひどく降っている。街灯の明かりを雪が反射して拡散し、ひどく振るほどに白く明るく見えるんだと勝手に思ってる。

 

盛大に雪が降る二月 > 梅が香り、暖かくなる代わりに花粉も飛ぶ二月で、花粉より雪の方が百倍も千倍もマシ。息をするのも辛い、花粉満載の大気に晒される恐怖に比べたら、ホワイトアウトに対する恐怖はより薄い。何しろホワイトアウト時に外出したことはないから。

 

豆まきより由緒は古いらしい、鰯の頭にヒイラギを指すという風習。ヒイラギの代わりにトベラを使う地方もあるんだとか。名前は知ってるけど見た目が思い出せないトベラを画像検索で確認し、見覚えはあっても今は見かけないのも納得。東北以南にしか生息してない植物だった。

 

水仙も梅も、咲くのははるか先。椿も山茶花も身近じゃない。植生のことごとくが本州と違う北海道では、季節行事や年中行事と植物の相性悪過ぎ。四季があり、年中行事に使う植物も身近な本州その他と北海道では、そもそも条件が違いすぎる。条件が違いすぎる北海道で、それでも本州やその他とあんまり変わらないと年中行事を取り入れるから、お決まりの植物が他のものに化ける。

 

食べ物とか食べ物とか食べ物に。

 

食べ物だったら、転用も応用も可能で守備範囲が広い。転用や応用も可能なものが、結局は伝統そのものよりも重宝されるあたりに、何でも簡単には手に入らない土地の知恵を思う。

 

何でも簡単に手に入る土地は、それはそれで地面のお値段そのものがお高いから、今度は逆にのんびり年中行事を楽しむ余裕がなくなるんだけどさ。

 

のんびり年中行事を楽しむ余裕のあるところなのに、年中行事に必要なアレやコレが手に入らなかったら、代わりに広まるのは代替品。そもそも代替品でしかなかったものが、広く流通するほどに今度は年中行事には欠かせないものに化ける。

 

新しいものを流行らせるのが上手な人は、必要なのに数が足りない、そのスキマを見つけるのが得意な人。

 

スキマを見つけた時に代わりにぶち込める余剰品を、途切れることなく送り出せる人でもあって、何が不足するのか。あらかじめわかっていたら、在庫管理はより簡単。すでに十分行き渡っているもの。もう飽きられているものしか送り出せない人は、在庫管理が下手か在庫に余裕がない証し。

 

在庫はもうすでに尽きているのに、それでも売り物を出せと言われれば、十分なことも飽きられていることがわかっていても、それを並べるしかない。

 

言ってみれば大きな島である北海道。鎖国にはもってこいだけど、国を閉じちゃったら物資の流通が滞る。売り物になるようなステキなアレやコレ。観光客と一緒に飛んで来ればいいんだけどさ。

 

閉じた国でも豊かになれるのは交易業と金融業という歴史が繰り返すなら、今も昔も構造的にはまったく進歩してないということでもあって、そりゃ飽きるよな。