クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

『くちびるに歌を』読んだ

長いお正月休みは、明朗快活コドモダマシ系な本をたくさん読んでた。間違っても大義や正義なんて言葉もシリアルキラーも登場しそうにない、可愛らしい表紙のものを中心に。

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イイハナシダナー詐欺にはひっかかるもんか。そう頑なになってる部分があって、意図的に避けてた分野。でもやっぱり、いいものはいいんだよね。ちょろいわ、私。
長いので折畳み。

 

 

『くちびるに歌を』中田永一による、長崎県五島列島のとある中学校を舞台にした青春小説。合唱部メンバーが、コンクール出場に向けて奮闘する日々を描いてる。
 
 
コ ンクール出場が最終目標にきてはいるけれど、「勝つこと」に重きを置いてはいない。なので、死ぬほど練習させられるとか、そんな暑苦しさとは無縁のお話 し。もっと繊細。混声合唱が女子パートと男子パートに分かれてるように、女子視点・男子視点と、語り手が交互に入れ替わりながらお話しは進んでいく。
 
 
異 性を意識してしまうと、会話がぎこちなくなってしまう。あるいは、対抗意識のなせるわざか、必要以上に刺々しくなってしまう。そんな、中学生男子女子の心 理に心当たりが有り過ぎてもう。。甘酸っぱい思いをする人もいれば、すっぱい葡萄と思って切なくなる人もいそう。
 
お子様方が主人公なだけあって、微笑ましいエ ピソードもいっぱい。けれど、お子様とはいえ彼らの置かれてる状況は決して”微笑ましい”で済まされるようなものでなく、それぞれが事情を抱えてる。
 
 
たかが14、5歳で全世界の不幸背負っちゃったような気分になってどーすんの。そう思うけど、小さな世界しか知らない彼らにとっては、目の前の世界が全世界そのものだよね。
 
 
15年後つまり未来への自分に向けた「手紙」がこのお話しの中ではとても重要なモチーフになってる。
 
 
このお話を読んで、誰もが涙するに違いないとても美しい感動的なシーンがあるんだけど、私はそのシーンが、作者から読者に向けた「手紙」じゃないかと思った。「今現在の」ではなくてもっと先、15年なりたった、未来の読者に向けたボトルメッセージ的なお手紙。
 
 
裏切られ続けていると、あらゆることが信じられなくなる。ずっと嫌なものばかり見続けていたら、世の中は嫌なものばっかりなんだって、心の天秤が傾いてしまう。
 
 
そ んな、曇った目で世の中見渡しそうになった時、そうじゃないよ、そんなことばっかりでもないでしょって、傾いた心の天秤を元に戻してくれるような、そんな 時に思い出してよって。そんなメッセージがこもった作者から読者へのお手紙。だから飛びきり美しく、ちょっとやそっとでは忘れられそうにないほど感動的に 描いてるのかも。
 
 
このお話しの舞台が長崎県五島列島になってることも、きっと意味があるんじゃないかな。
 
 
お魚美味しくて、海きれいそうで。城の跡地に建つ、かつての城門が校門に利用されてるような高校を持ち、歴史と伝統に彩られてもいる。
第2校門
画像引用元:長崎県立五島高等学校
 
あ ら素敵。観光客目線ならそう思う。でもスタバない(少なくとも作中では)、おしゃれなショップもない、大学もないから、高等教育受けようと思ったら島外に 出るしかない。それが島に暮らす現実で、五島列島という閉じた世界の外に出たら、どんなに自分は素敵と思っていても、スタバやおしゃれなショップがないこ とを理由に、心の中の天秤がグラつくような瞬間が、きっと何度も訪れる。
 
何も五島列島に限ったことではなくて、小さな島国から大きな世界に飛び出したら、必ず遭遇する。
 
 
そんな時も、「くちびるに歌」さえあれば。別に歌じゃなくても、本でもゲームでも、スポーツでも何でもいいんだけどさ。傾いた心の天秤を元に戻してくれる何かがあれば。結構機嫌よく毎日過ごせると思うんだよね。
 
 
5 年前、スマホが世界を席巻するって確信持って行動できた人なんて、ほんの少しだけ。何がどう転んでどういう未来がやってくるか、変動要素が多過ぎるから、 凡人には先を見通すなんて芸当は難しいじゃん。必死になってはるか未来を見渡そうとするよりも、何があっても機嫌よく過ごしていられる、それぞれにとっての「く ちびるに歌」的な何かを見つける方が、何があっても大丈夫な秘訣かも。
 

くちびるに歌を (小学館文庫)

お休みなさーい。