クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

茶色い海

以前、ヨットで海に連れていってもらったことがある。

駅かどこかで待ち合わせて車で拾ってもらって、マリーナへ行った。

複数人で一艘をシェアして、所有してる人だった。

 

ヨット(プレジャーボートとヨットとクルーザーの区別ついてないけど、キャビンはあったから、ほんとはクルーザーと呼ぶのが正解?よくわかんないや)乗るもの初めてなら、マリーナ行ったのも、その時が初めてだった。

 

ヨット自体は中古もあるし、価格ピンキリとはいえ「買えなくもない」お値段。ただ、車と違って維持費がものすごいかかる。

都心の一等地でセキュリティ万全な、シャッター付き駐車場をキープするのと同等か、それ以上かかるイメージ。そこにメンテナンス料や保険代や燃料費が上乗せされるから、乗る頻度も考えたらやっぱり、贅沢品。毎日・毎週優雅にヨット乗ってられるのは、海の若大将くらいしかいないでしょ。

所有するよりも、維持する方が高くつくからステイタスも高い。そんな世界があるんだって、初めて知った。

 

4~5人くらいで乗り込んで、海に出た。ヨット初心者は私だけで、他の人はみんな経験者だった。出航間際って慌ただしい。みんながテキパキと、誰に指示されなくても動く中で、私ひとり手持ち無沙汰であらどーしましょ状態。

 

そしたらヨット乗りにおいでよって誘ってくれた人に、舳先へ連れてかれた。「これ大事な仕事だから」って舵握らされて、海見てるよう言われた。ちゃんと針路は設定してあるの。だからそこに立ってるのは、ただのお飾り。出航間際は忙しいし慌ただしいから、ウロチョロせずにそこでじっとしてろってことだと思った。だからずっと海見てた。ただぼーっと。

 

陸地が段々遠くなって、かなり沖合に出たところで、「もういいよ、休憩しよう」って言われた。それまで声掛ける暇もなく忙しそうだったから、聞きたいことも聞けなかった。 「ねぇ、海茶色いんだけど?」

 

泳ぎに自信があっても絶対来れなさそうな沖合なのに、ひゃっほい!って喜んで飛び込みたくなるような青い海じゃ全然無かった。そりゃ波打ち際の、もっと澱んで時には投げ捨てられたゴミがプカプカ浮いてる水と比べれば、はるかに透明度は高かったし、浮遊物も無かったけど。でも思ってたような「青い海」じゃ全然無かった。

 

「オーシャンブルーみたいな、どこまでいっても青い海見ようと思ったら、この程度の沖合じゃ全然無理だよ」って、連れてきてくれた人が言った。その人が今までに見た一番きれいな青い海は、休暇で何日か海に出て、嵐にも遭って、嵐が過ぎ去った後に見た海が一番だったんだって。えっそんな所まで行ったの?っていう、遠い場所だった。

 

そんな海まで行こうと思ったら、装備も準備もそれなりのものが必要だから、そもそも初心者なんか一緒に連れて行けないよって、言われた。

 

考えてみれば、 電車降りて車に乗り換えて、ヨットに乗り換えて、沖合まで来て。それでも正味2時間もかかったかどうか。そんなお手軽に街中から出掛けられる所に、楽園のような「青い海」が拡がってることなんて、有る筈無いんだよね。もし楽園のように見える何かに出会ったとしたら、それ楽園っぽいテーマパークか何かだから。

 

茶色い海でも一緒に来た人達は、犬みたいに喜んでじゃれて、続々とひと気のない、空いた海に飛び込んだりして遊んでた。髪も顔も塩水で濡れてベタベタするの嫌だったから、私はほどほどに水遊びしてた。

 

そしたら海に連れてきてくれた人が「ここから見える景色は気持ちいいだろ」って話し掛けてきた。えっ茶色い海のこと?って思ったら、個々の人の顔なんて全然わからない、それくらいもうかなり遠く、霞んでぼやけて見える浜辺指して、「向こう側とは違う世界に居るって感じがして、気持ち良くならない?」って聞いてきた。

 

。。。向こうもこっちも同じ茶色い海の上で、何言ってんだか。

「えっほんとにそう思うの!?俺とあいつらは違うって。ほんとにそんな事考えちゃうの!?腹黒~い!!!」って思わず言っちゃったよ。

 

この時悟ったんだよね。「玉の輿」に乗るために最も必要な資質って「鈍感力」なんだって。容姿でも知性でも、ましてや性格の良し悪しでもなく、ただ鈍感かどうかなんだなって。私はナチュラル・ボーンお局みたいなとこあって、細かいとこがいちいち気になるからダメだった。玉の輿に乗るには細かすぎて、窓の桟の埃とか見過ごせないから。

 

露悪的なこと言ってみたいお年頃って絶対あると思うんだけど、ただもったいないとしか思えない。そんな事言わなけりゃいい男だったのに。ほんと今でも残念。

 

その人は「上」を目指すのが好きだったから、条件の良さを基準に転職重ねて、最後に聞いた消息ではシンガポールに居るらしかった。同じ茶色い海の上にいる事に気付かず、あっちとかこっちって言えちゃうような人だったから、似合う場所にたどり着けて良かったねって思う。

 

その時はたまたま空いた方の茶色い海の上に居たけれど、混んでてごちゃごちゃしてる浜辺でも、友達や家族と一緒ならそれなりに楽しく遊べると思うんだよね、私の場合。ついでにいえば、やっぱり青い海が一番だけど、そこにたどり着こうと思ったら装備も準備も経験もいるから、今の自分にはそうそう手が届かない場所なんだなとも思う。

 

茶色い海のあっちやこっちでプカプカしながら、いつか青い海にたどり着けたらそれが一番いいんだけど。