10年前あるいは20年前と今の日本の家庭料理を比べた時、もっとも顕著な違いは「チーズの登場頻度」じゃないかと思ってる。特に最近人気のレシピ動画では、デザート以外でもチーズが頻出、トローリとろけて伸びてる。
すっかり日本の食卓でも身近になったチーズについて、その歴史や作り方、あるいはチーズの美味しさの秘密や体によい影響をもたらす機能性まで網羅した一冊、『チーズの科学』を読んだ。
著者は、東北大学で「ミルク科学」の講義を担当する大学教授にして、アジア乳酸菌学会連合の会長など要職を歴任されているガチの専門家。
溶ける、伸びる、裂ける!変幻自在に姿を変える地球で唯一のタンパク質を「科学のナイフ」で切る!(本書カバーより引用)
科学、サイエンスのナイフが入りまくってるので、専門用語あるいは化学用語が6~7割で、化学的素養がある人が読むと、より楽しめる内容になってる。結局のところ食品は、つきつめれば化学になるから、詳細に語ろうとすれば化学的に語るしかない。
とはいえサイエンスとは無縁な人間にもわかりやすく書かれているので、チーズ生産現場をより深く知りたいだけの人でも楽しめるようになっていた。
グーグルさんに聞けば、とりあえずの答えは得られる世の中だけど、“ハードチーズの違いとセミハードチーズの違い”についてググっても、かえってわけのわからないこととなる。
(こいつはプロセスチーズ、食感はホロホロ。)
硬さの違いと簡単に言い切れるような違いではなく、もっと複雑だった。複雑なものを簡単に言い切ろうとするから、わけのわからないことになるのかと納得した。
わざわざ本を買ってまで読もうとする、“チーズにそれなりに関心のある人向け”の内容なので、それなりに関心のある人が納得できるような知見が詰まってる。
チーズといえば、“旅人が羊の胃袋で作った水筒に乳を入れておいたところ、チーズができていた“という逸話が有名だけど、乳をチーズに変えた、凝乳させたのは「レンネット」という酵素。
ところでこのレンネット、世界のチーズ作りの現場では本物のレンネット以外にも代替品が開発済みで、本物、天然もののレンネットを使用してチーズを作っている国は、今やごく少数派。
日本・韓国・オランダは、子牛の胃から作る天然もののレンネットを使用するごく少数派なんだとか。
酪農王国でチーズが納豆や豆腐並みに食生活に根付ているオランダでは製法にも厳しく、チーズ後進国で、納豆や豆腐並みのお手頃価格をチーズに求めていない日本では初期の製法そのままを守ってる。と、推理するのも楽し。真相はよくわかりません。
経済性や動物愛護の視点から代替品が好まれるあたり、化粧品がたどった道と似たようなもので、化学に近付くと、その行く末もだいたい似たようなものになるもんだな、と興味深かった。
チーズも納豆と同じ発酵食品なので、チーズの風味や個性には使用する菌が重要で、スターター用の菌を用意する専門のスターターメーカーがいるとのくだりには、日本の種麹屋を思い出した。
どこの国も変わんないね。。
日本酒の生産現場でも菌の持ち込みを嫌うように、アメリカの乳酸菌培養の専門家も徹底して無菌状態に置かれる逸話も、面白かった。
モッツアレラやクリームチーズのようなフレッシュチーズは熟成が不要で、出荷までも短期ですむけれど、長期熟成が必要なチーズはまさに余裕の産物。
ワインとの相性もいい食べ物だけに、食の欧米化がすすめばすすむほど、大衆化と高級品化の二極化は、チーズでも起こるんでしょう。
サイエンスのナイフで切り込みまくって、限りなく化学製品に近付いた天然ものと見紛うチーズの大量生産への備えは今からばっちりなんだなと納得できる、科学的分析による知見がいっぱいだった。
熟成が不要なフレッシュチーズは一般的には加塩しないそうだけど、つい最近、ワインガーデン2017では、塩入りカッテージチーズ(あるいはクリームチーズ)を食べたばっかり。
日本酒を塩で飲むみたいなもんだな、とパクパク美味しく食べ上げて、残念ながら写真撮ってなかったんだけど。
小規模チーズ生産者の生き残る道は、種麹屋チーズ版のスターターメーカーをめざすか、大手には作れない冒険した商品を作る、なのかもね。
知識や蘊蓄から入りたい人に、とっても向いてる本だった。ただ美味しくいただきたい向きとしては、読んでるだけでお腹いっぱいになりましたとさ。
お休みなさーい。