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クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

子役の少年が超絶カワイイ『LION/ライオン~25年目のただいま~』見てきた

Google Earthで起こした奇跡(映画公式フライヤーより引用)

 とはちょっと言い過ぎだけど、公開情報大事、超大事。ということが実感できる、『LION/ライオン~25年目のただいま~』見てきた。


LION/ライオン 25年目のただいま

ちょっとタレ目でまん丸の大きな目をした子役の少年が、超かわいい!!!人種も肌の色も超えて、カワイイは正義。成長した主人公サルー役を演じるデヴ・パテルがまた、髭伸ばして髪も伸ばしてワイルドになって、カッコよさ5割増し。顔よしスタイルよしで、いつの間にこんなにカッコよくなっちゃったんだか。

 

記憶することは以上です。

 

個人の感想としては、そこで終わってしまいそうなくらい、実話に基づいた感動ドラマのはずなのに、ちょっといまいちかなり、感動できなかった。。

 

オーストラリアで幸せに暮らす青年サルー。しかし、彼には隠された驚愕の過去があった。インドで生まれた彼は5歳の時に迷子になり、以来、家族と生き別れたままオーストラリアへ養子に出されたのだ。

成人し、自分が幸せな生活を送れば送るほど募る、インドの家族への想い。人生を取り戻し未来への一歩を踏み出すため、そして母と兄に、あの日言えなかった“ただいま”を伝えるため、彼は遂に決意する。「家を探し出す―」と。(映画公式フライヤーより引用)

 幼いいたいけな飛びっきり愛らしい少年が迷子になり、大都会カルカッタで途方に暮れる様子には胸が痛むし、なかなか福祉へとつながらなくて、もどかしい。

 

幼い少年が受ける受難は、共感しやすくて感情も十二分に動かされる。

 

ところが成長した青年サルーが、恵まれた暮らしをおくりながらも望郷の念に突き動かされたり、生き別れたままの家族を恋しく思う姿は、理解はできても身に覚えのない感情なので、共感しづらかったんだな、これが。

 

ルーツが揺らぐと、アイデンティティーも揺らぐのか。

 

サルーが憑かれたようにグーグルさんに張り付き、わずかな手掛かりをもとに故郷を探し出そうとする、その動機や衝動は理解できても似たような体験があるわけでもないので、共感しにくくてしょうがない。

 

ついでに、画期的なGoogle Earthの使い方でも披露されるのかと思いきや、その使い方もめっちゃアナログ。サルーの専攻はホテル経営という文系だから、当たり前の使い方しかしてない。

 

当たり前の使い方しかしてないのに、それでもたどり着けたんだから、そりゃ奇跡ですわ。

 

先進国ではネットはすでに暇人とバカのものになりつつあって、情報がインフレーション起こしているけれど、それやっぱり一部の超先進国だけの話だから。

 

情報は、足りない人のためのもの。切実に、求めてる人のもの。

 

公開情報大事、超大事。

 

探しても探してもたどりつけない人にとって、検索する単語で引っかかる検索結果は、多ければ多いほどいい。

 

この映画のケースでは、Google Earthでしらみつぶしに探していくけれど、地名、例えば州名をプラスした画像検索ではいかんかったのか??? もっと効率のいい、他の方法はなかったのか???との疑問がつきまとってしょうがないけれど、それは多分重箱の隅。

 

なにしろ主題歌も『Never Give Up』で、倒れても起き上がり、決して諦めなかった人がつかむ勝利なんだから。

 

その甲斐あってか、クライマックスと言える場面では、そこかしこですすり泣きが起こってた。

 

この映画では大都会カルカッタの悪い一面も描かれていて、貧し気で言葉も通じない子供を邪険に扱う姿や、よろしくない目的で取引されそうになる姿も描かれる。

 

貧し気な子供や、よろしくない目的で取引されそうになる、明日をも知れない子供の姿に見覚えがあって、なおかつ何もなす術がなく無力だった過去の自分みたいな記憶でもあれば、また別の感想を持ったのかも。かもかも。

 

同時にこの映画で描かれるサルーの幼少期は、見るからに貧し気な子供。不衛生かつ栄養不良で、現代日本でこのクラスの貧し気な子供は、まず見かけない。見つけたら今どき、速攻で福祉の手に渡るでしょ。

 

逆に言うと、このくらい不衛生かつ栄養不良でないと、“貧しい子供”認定さえされないのかも。ステレオタイプな貧しい子供の姿をしていないと、貧しい子供だと気づくことさえできないのが現代日本かも。見た目じゃわからないんだろうけど、そこがわからない。

 

ステレオタイプな貧しい子供なら、国際的な救援組織が用意されていて、よりよい環境で育つことも可能だけど、だからといって新しい環境で、すべての子供が幸せになれるわけでもない。サルーと同じく養子で弟となる青年は、サルーほど幸せにはなってない。

 

幸せに育った子供でも、ルーツやアイデンティティーに足元を掬われることがあり、だからこそルーツが明らかであることは、子供の第二の生にとっても大事。という教訓も、込みだったのかもしれない。

 

とはいえ、この映画の印象をまとめたら

・子役カワイイ!

・主人公の青年カッコいい!

・主題歌の『Never Give Up』通りにストーリーは進むよ!

に集約されるんだけどさ。共演陣も、ニコール・キッドマンに『キャロル』のルーニー・マーラと豪華でした。

 

お休みなさーい。