読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

ホワイトブラウニーと『ニュースの天才』と

日記 映画 レビュー

ラ・メゾン・ドゥ・ショコラのチョコレートボックスを、思う存分貪りたいと夢見ていた頃が、思えば一番幸せだった。どんなに好物でも過ぎたれば及ばざるごとしで、あとには胸やけが待つだけ。夢見る頃にはもう戻れない。

 

めんどくさい、今さらという気持ちを押し殺し、思いは形になってた方がわかりやすいので、ちゃんと形のあるものも用意したバレンタイン。

f:id:waltham70:20170214211102j:plain

相手の好みを尊重したものと、自分の好みで突っ走ったものと。二種類用意すればめんどくささも二乗となるはずが、自分のためとなるとめんどくさいもどこかへ吹き飛ぶ現金さ。

 

単なる焼き菓子に見えるけれど、その実ホワイトチョコを使った、ホワイトブラウニー。普通の焼き菓子より激甘。酸っぱいはずのクランベリーを加えてさえ、甘っ!!!!という感想しか出てこない。でもいいの、一度は作ってみたかったから。

 

実際に経験してみれば、欠点もよく見える。

 

捏造、フェイクニュースがテーマとなった『ニュースの天才』は、2003年制作の映画。劇場公開時は、まったく興味がなかった。キュレーションメディアのコピペ記事騒動や、アメリカ大統領選におけるフェイクニュース騒動を経たあとに観るから、前のめりになれる。

ニュースの天才 (字幕版)
 

 大統領専用機エアフォースワンに唯一置かれる雑誌となれば、権威の匂いがプンプンする。主人公は、その権威ある雑誌『THE NEW REPUBLIC』で、最年少ライターとして働く青年スティーブン24歳。

 

描かれるのは、デジタルメディアが世界を制する前の世界で、紙の雑誌の権威がまだ生きていた頃。ついでにピュリッツァー賞がまだ輝かしい響きを放っていた頃でもある。

 

デジタルメディアもすでに台頭しているけれど、彼らが使っている検索サーチがヤフーなところに、時代が出てる。グーグルが覇権を握る前なんだな、舞台は。

 

さて権威ある雑誌『THE NEW REPUBLIC』内で、最年少ながらヒット記事を次々に生み出すスティーブン。編集部の平均年齢は26歳と若く、ノリは部活っぽい。デジタルメディアの、オフィスっぽい雰囲気とは対照的。スティーブンが書いたある記事に、他のメディアが疑いを持ったところから、記事の捏造疑惑が持ち上がる。

 

政治評論を得意とする『THE NEW REPUBLIC』といえば、権威の象徴みたいなもの。疑いを持ったデジタルメディア(フォーブス・デジタル)は大喜びで、権威が犯したかもしれない過ちに飛びついて調査を始める。

 

この映画は、報道に携り、その仕事に誇りを持っている人が見れば、少なからず腹を立てるであろう人物を主人公にしてる。

 

反感を持たざるを得ない人物を主人公に選び、そのうえで“誰のために書くのか”を突きつけてくる。

 

スティーブンは、最年少ながらライターに抜擢されてるだけあって、優秀かつソツのない人物。社内での人間関係には気を配り、ヒットを次々に飛ばす最年少ライターとして、妬みの対象とならないよう、気を配ってもいる。

 

政治談議が好きで、『THE NEW REPUBLIC』編集部の部活ノリを心から愛してるようで、実はそうでもないところが、スティーブンというキャラクターのキモ。

 

業界内では憧れのポジションであっても、業界外から見れば、また違った評価が下されるもの。医者か法律家こそ至高という両親の価値観を受け継いでいるスティーブンは、ロースクールに進学する夢をあきらめてない。

 

従来の『THE NEW REPUBLIC』とは違ったカラーのヒット記事を連発し、権威ある雑誌の“新しい顔“になるかのごとくふるまいながら、その内心は揺れている。

 

権威だけはあるけれど。。。という場所は、往々にしてお金の匂いからは遠いもの。

 

労多くして実り少なしだから、編集部の平均年齢が26歳と低いのも頷ける。生活を優先させたものから去っていき、最後まで残ったごく少数の社会の木鐸によって率いられているっぽいのが『THE NEW REPUBLIC』という雑誌。

 

評論、特に社会評論なんて分野は、万人に喜ばれるものじゃない。権威にとっては煙たい鬱陶しいもので、嫌がられることを承知で営々と積み上げてきたから、最後に信用という看板が手に入る。

 

嫌がられてなんぼの商売で、儲からなくて当たり前。優秀な人にしかできないのに、同じように優秀な同窓生はもっと稼いでいて、心を折られること100万回くらい経てようやく権威に近づける。きっとそんな場所。

 

信念がなければ続かない。そして、スティーブンにはその信念がなかったことが、徐々に明らかになっていく過程が、この映画の最大の見どころ。

 

ヒット記事を連発する期待の新星が、疑惑に対する釈明として“子どもじみた嘘”を繰り返すさまは、ただ哀れ。しかもスティーブンを追求し、追い詰めるのが、能力を侮り馬鹿にしていた新編集長という趣向がいい。

 

報われないことの多い仕事だけど、小石を積むように信用を積みあげてきた、ベテランなめんなよ。

 

社会の木鐸として、今日も明日も明後日も。奥ゆかしく自分のなすべきことを粛々とこなしてる人たちは、そんなこと口にもしないから、かわりに“幼児退行”した目立ちたがりの姿が、スクリーンに映し出される。

 

面白可笑しいだけの、真実でさえない記事で注目を集めたいのなら、何も権威の場所でやることなくヨソでやりゃあいい。

 

この映画、捏造が暴かれるまでを描くのと同時に、スティーブンが“編集心得”を後輩に説く趣向になってるところが最高にクール。

 

“よき編集長は編集部員を守るもの”とか、看板汚したその口でスティーブンが語るそばから、彼の不正行為や、不正隠滅行為が暴かれていくから面白い。しかもその手口が超子どもっぽい。信念が薄っぺらくてペラペラなのが、よーくわかる。

 

ラストシーンは、空っぽな彼を象徴するようなシーンで終るけれど、真にやるせないのは、エピローグ。

 

信念を持たないくせに精力的だった彼は、いったい誰のためにせっせと捏造記事を量産していたのか。承認欲求モンスターに食い荒らされ、信用の看板も食い荒らされた雑誌の権威は地に堕ちたけれど、彼自身はちゃんと第二の人生を生きている。

 

お金にならないから生まれたとも言える記事捏造の時代から、はるか遠く。今ではPVがお金に変わるからと、フェイクニュースが世に溢れている。

 

事実を検証するためのツール、検索サーチの踏ん張りどころで、そのうちこの時代はグーグル使ってたんだね、と懐かしがられたりしてね。

 

お休みなさーい。