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クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

老醜に生きる往年の名女優が怖くてたまらない、『サンセット大通り』見た

映画 レビュー

今どきだと、邦画を見ずに洋画ばっかり見てる人は、変わりもんになるんだとか。趣味や好みが多様化した時代に、変わりものじゃない人って、じゃあどんな人さ?と、突き詰めて考えるのも面倒くさいので、今日も気分で好きなものを観てる。

 

昨日に引き続いて、頭痛が痛くて集中力が続かない。気楽に見れそうなAmazonプライムを漁っていて見つけた『サンセット大通り』で、主演のグロリア・スワンソン“顔芸“に引き込まれ、頭痛の痛みもしばし忘れたさ。

 グロリア・スワンソンといえば、『サンセット大通り』。『サンセット大通り』といえばグロリア・スワンソンと、セットで暗記してはいるけれど、その中身についてはよく知らね。

 

トルコ近代化の父が、ケマル・パシャことアタチュルクってことは暗記していても、その中身はグーグルさんに聞くしかないのとよく似てる。

 

映画史上に燦然と輝く名作。ストーリーも観客をドッキリさせるカメラワークも、さすがとしかいいようのない意外性満点で、古さを感じずに引き込まれた。

過去の栄光だけを糧として生きる忘れられたスター、ノーマ・デズモンドに扮したグロリア・スワンソンと借金取りに追われていた売れない脚本家ジョーを演じたウィリアム・ホーデンがサンセット大通り“での主役を務める。アカデミー賞受賞監督ビリー・ワイルダーがハリウッドの光と影を見事に活写した傑作。

Amazonの内容紹介より引用)

 借金取りに追われるジョーが、支払い滞り中のマイカーを取られてなるものかと逃走中に、とある荒れ果てたお屋敷に迷い込む。庭の手入れは怠っているものの、室内はゴージャス極まりないそのお屋敷の女主人が、グロリア・スワンソン演じる往年の名女優ノーマ・デズモンド。

 

現代風に言えば、承認欲求をこじらせたまま年食った女王様。若かりし頃の自分の写真や肖像画で、室内を飾り立ててる痛い人。ジョーが脚本家の端くれだったことから、映画界へのカムバック目指して“自分が主役”の脚本を執筆中のノーマに気に入られ、そのままツバメのようなヒモのような生活に突入する。

 

こじれた、あるいはねじれた人間関係は、第三者から見るとホラーそのもの。

 

『サンセット大通り』は、きらびやかでステキなばかりでもない、ハリウッドの光と影を描いた作品だけど、同時に純然たるホラーにもなっていて、ゾッとできる。なにしろグロリア・スワンソンが超コワイ。やることなすことコワ過ぎて、こんな人とは絶対にお友達になりたくない。

 

実生活でも当時「忘れられつつある女優」に片足突っ込んでたせいか、迫真の演技が真に迫り過ぎている。金持ちだから、お金バラまいて取り巻きを引き留めようとしたり、お金はあるけどいつまでもチヤホヤされたい女優の“老醜”も、くっきりはっきりさ。

 

マギー・スミスに、ヘレン・ミレンと、いくつになってもどこか可愛らしいおばあちゃん女優と違って、年とってもサロメのような官能的な役を演じたい、“業”に取りつかれたグロリア・スワンソンは、可愛く年取れない人。

 

彼女を増長させているのは、グロリア・スワンソンの忠実な執事で、この人もその生き方も相当ヘン。もしかすると、主要登場人物の中でいっちゃん変かも。かもかも。演じる、あるいは映画という“業”に取りつかれた人間の、どうしようもなく常人とは相容れない部分が、濃縮200%果汁みたいにぐつぐつ煮詰まってる。

 

で、この「どうしようもなく常人とは相容れない部分」こそ、ハリウッドの影の部分なんだな、きっと。

 

作中には、かつてグロリア・スワンソンと共演した名監督として、セシル・B・デミル監督も、実名で登場してる。この人も、『地上最大のショウ』や『十戒』にその名を残す、映画史上の有名人。マグナ・カルタを制定したのはイギリスのジョン王と同程度に、テストでは出てくるかもしれないから、マーカー引いてチェックしとく人。

 

無頼を貫いて成功する人もいるかもしれないけれど、セシル・B・デミル監督は、極めてまともな常識人として描かれる。老いたグロリア・スワンソンにも親切で、人としての器の大きさも感じさせる。

 

クリエイターとはいえ常識的なビジネスマンで、だからこそ「常識と相性よし」でオスカーにも輝き、ハリウッドの光になれたとも言える。

 

そうはなれなかったグロリア・スワンソンと、そのグロリア・スワンソンに目をつけられたジョーが、とことん光の当たらない場所に堕ちていく過程がホラー。

 

最初は居丈高だったグロリア・スワンソンが、ジョーがこっそり(でもバレてる)屋敷を抜け出すようになる辺りから、六条の御息所ばりにおかしくなっていくのもまたホラーで、あな哀し。ついでにあな怪し。

同世代の人間の笑い声が聞きたかった

(作中のジョーの台詞より引用)

 とは、屋敷を抜け出すジョーの台詞で、その感覚はまったく正しい。

 

過去にすがるしかない、意思さえ奪われた年寄りの“蝋人形“に囲まれて生きる暮らしは、どんなにゴージャスで贅沢なものであっても、精神が腐る。

 

ジョーの歓心を惹くために、時には道化役まで演じてみせる老いた女優の姿を正視できるようなら、もう手遅れなのさ。

 

この関係は、いつか破綻すると思う関係が、きっちり破綻するのは意外でもなんでもないけれど、その時のグロリア・スワンソンと執事こそが見もので、ホラー映画としての真骨頂が待っている。

 

人は、ここまで壊れることができるんだね。。と、見てはいけないものを見た気持ちでいっぱいになれる。

 

血がドバッドバッ!!!と飛び出すスプラッタ―よりも、よっぽど怖かった。

 

この世でいちばん恐ろしいのは、人が壊れるその瞬間さ。

 

お休みなさーい。