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クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

ひとりの女性を襲う、徹底的に理不尽な運命を描いた『チェンジリング』

サブタイトルをつけるのなら、THE理不尽。世に母と子供の愛情や愛憎を描いた“母もの”の映画は数多くあれど、これほど理不尽な目に遭う女性はちょっと居ないんじゃないかと思う悲劇の母を、アンジョリーナ・ジョリーが演じてる。

 

子供の失踪事件×警察や権力構造の腐敗×シリアルキラーのコンボで盛りだくさん。クリント・イーストウッド監督作品で、こんな映画を撮るじじいだから、リスペクトが止まらない。Amazonビデオにて視聴可能。

チェンジリング (字幕版)
 

シングルマザーとして働くクリスティンの、最愛の息子ウォルター(9歳)がある日行方不明となる。母の言いつけをよく守る、いい子のウォルターだけに家出とは考えにくく、事件性を疑われるも手がかりもないまま数か月経つ。ウォルター発見との連絡を受け驚喜するクリスティン。だがクリスティンの前に現れたウォルターは、まったくの別人だった。

 

という、嘘のようなホントの話をベースにしている、1920年代のロスアンゼルスであった実話を映画化している。

 

少年は息子とは別人だというクリスティンの、根拠ある主張のことごとくが無視される過程がただひたすら恐ろしい。新たに出現したウォルターが、失踪したウォルターでなければならない理由が、少年を見つけ出した警察側にはあり、その主張を退けるクリスティンは、彼らにとっては邪魔もの。邪魔ものだから、排除される。

 

法治国家において、そのような無法行為がまかり通り、許されていたなんてマジですか?相手は犯罪者でもなく、息子が行方不明になった可哀想なシングルマザーなんですけど???と、どうして警察によるこのような非道が許されたのか、過去にあったこととはいえ唖然とする。

 

邪魔ものを排除する手口が手馴れていて、その種の排除が日常的に行われていたと知るとさらに暗澹とする。排除する警察側は安穏としてるけれど、そんな不法行為に安穏としてられるなんて、どうかしてる。

 

クリスティンを邪魔ものとして排除し、ウォルター失踪には事件性薄しと判断する。どうかしてる組織だから、ウォルター失踪にひそんだ重大事件の進行を見過ごしてしまう。

 

小事に蓋をし、取り繕っていた平穏なはずの世界を震撼させる凶悪事件が明るみに出てはじめて、クリスティンの冤罪(?)も晴れる。一見喜ばしいようだけど、クリスティンにとっては第三の悪夢の始まり。

 

クリスティンは、シングルマザーとはいえ職場での信頼も厚い有能な人。ウォルター失踪に関しても、彼女には何の落ち度もない。息子を奪われた悲劇の母。それなのに、彼女を二重三重の悲劇が襲う。なぜ彼女がこんな目に遭わなければならないのか。何の落ち度もない人が、たび重なる理不尽に襲われるから、見てる方は言葉を失う。

 

偽物のウォルターが出現し、息子は偽物と主張するクリスティンは精神の異常を疑われる。警察によるクリスティン迫害が息子失踪に続く第二の悲劇とすれば、第三の悲劇は、シリアルキラーにクリスティンの存在を知られてしまったこと。

 

シングルマザーながら、女性初の管理職でもあったクリスティンは日なたに生きる人。そのまま何事もなければ、彼女の人生とシリアルキラーは交わるはずはない。なのに、被害者と加害者とはいえ、知り合うはずのない人種と知り合ってしまうから悲劇。

 

加害者のシリアルキラーはぶっ壊れている人間で、クリスティンの精神もぶっ壊しにかかる、いかれた奴。知り合うはずのない人種に、平穏な日常生活のすべてを奪われるクリスティンがただひたすら痛ましい映画で、おそらくその痛ましさや理不尽さを描くことに主眼が置かれてる。悲劇からの救済は、テーマじゃない。

 

表面的には事件が終息し、日常に戻ったかに見えるクリスティンは、生涯ウォルターを探すことを止めなかった。日常に戻ったあとも欠落を抱えたまま生き、その欠落は生涯埋まらないままだったまでを描く。

 

こんなことが許されていいわけないでしょ、という怒り。あるいは問題意識に満ち満ちているからこの映画が好き。

 

邦画をあまり見ないのは、こんなことが許されていいわけないでしょという怒りや問題意識が希薄だから。ダイレクトに怒りや問題意識を表現するよりも、もう少しマイルドな表現が多用されているような気がするから、深掘り、邦画をもっと知ろうという気になれない。

 

『スポットライト』には、“これを記事にしたら誰が責任をとるんだ?““では記事にしないときの責任は?”というやり取りがあった。見る作品すべてが問題意識に貫かれている必要はないけれど、ここぞという時に説得力を持つのは、こんなことが許されていいわけないでしょに徹底的に向き合ったかどうか、なのかも。

 

こんなことが許されていいわけないでしょという、怒りや問題意識をスルーせず、正面から向き合った作品をどれほど送り出してきたかが信頼のバロメーターで、業界の地位にも結びついている。そう考えたら、ハリウッドに巨額の製作費が集まるのも納得。

 

ワンテンポ遅れで母の日にちなんで思い出した。

 

お休みなさーい。