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クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

舌噛んで死んじゃいたいと知性と優しさと

この本の影響から、一生抜け出せそうにないのが『赤頭巾ちゃん気をつけて』

1969年に刊行された、もう少しで半世紀に手が届きそうな古い本。

赤頭巾ちゃん気をつけて 改版 (中公文庫)

赤頭巾ちゃん気をつけて 改版 (中公文庫)

 

 知性のあり方について、決定的に影響を受けた

大学紛争により東大入試が中止された1969年を舞台に、東大受験するはずだった薫くんという少年を主人公にした小説。作者と主人公の名前が一緒。語り口のやわらかい、会話や独白を聞いてるような文章だから、読みやすい。ただし一文は長くてヘーキで70文字以上あるので、そこには時代を感じる。

 東大入試を中止に追い込んだ規制秩序の崩壊、そして「昭和元禄」とよばれた大衆社会化の騒乱のなかで、ひとり静かに戦った若い魂の物語。「やさしさ」という言葉の原点となった青春文学の永遠の名作 (文庫本の作品紹介より引用)

 何のために勉強するのか、知識を積み上げるのか。「知性のあり方」について、決定的に影響を受けた一冊。

 

薫くんはエリートのお坊ちゃま。昭和のお話とはいえ、家にはお手伝いさんがいる、高級サラリーマン家庭育ち。二人居るお兄さんはともに東大法学部卒で、薫くん自身も都立の名門日比谷高校出身(当時は毎年200人以上を東大に送りこんでいた)の旧東大受験者。運悪く、学園紛争の影響で東大入試は中止。京大か一橋かはたまた東工大か。進路変更を余儀なくされる、一日の出来事を追ったのが『赤頭巾ちゃん気を付けて』。

 

薫くんは頭コチコチのエリートではなく、どこまでも柔らかくピースフルな知性の持ち主で、尖ったところもあまりなく素直に育ってきた人。触るものみな傷つける、尖ったナイフのような知性の前では、自身の好きな知性の形は分が悪いと知っている。

 

知識欲旺盛で、作中には世界史や文学史トリビアがふんだんに散りばめられている。そのトリビアも魅力だった。トリビアを深掘りするようにおベンキョーしたのも、今となっては良い思い出。

 

いつもピースフルな薫くんだけど、進路変更を迫られたこの時ばかりは踏んだり蹴ったり。足の生爪をはがし中、飼い犬のドンは死んだばかり。こんな時に頼りにしたいガールフレンドで、機嫌が悪くなると「舌噛んで死んじゃいたい」が口癖の由美とはすれ違い。心身ともにコンディションは最悪。

薫くんが東大を志望するのは、お兄さんを通じて知った深い知性や教養を感じさせる人たちへの明確な憧れがあったから。学歴信仰よりも、学びたいという純粋な気持ちの方が強かった。夢だった東大法学部への進学が潰えた薫くんが、自分が理想とする知性の形を再確認し、再確認した知性への情熱を取り戻していく過程にノックアウトされた。

 

ピュアな知性

知性を痴性に変えて、劣情を煽って社会を動かす方が効率の良い知性の生かし方に見える現代からすると、薫くんのめざす知性はとてもピュア。

 なんでもそうだが、要するにみんなを幸福にするにはどうしたらいいのかを考えてるんだよ。全員がとは言わないが。

(赤頭巾ちゃん気をつけて 本文より引用)

 薫君やその周囲は、知性を獲得した先に目指すものに自覚的な、理想家肌な人たち。理想家だから、彼らのめざす知性の姿も優しい。

 たとえば知性というものは、すごく自由でしなやかで、どこまでもどこまでものびやかに豊かに広がっていくもので、そしてとんだりはねたりふざけたり突進したり立ちどまったり、でも結局はなにか大きな大きなやさしさみたいなもの、そしてそのやさしさを支える限りない強さみたいなものを目指していくものじゃないか

(赤頭巾ちゃん気をつけて 本文より引用)

 この文章を読むたびに、大きな樹をイメージする。のびやかな知性を獲得した人は、大きな枝を傘のように広げ、強い風や日差しや雨から守るように、無防備な誰かを守っている。

 

一方で、知性を痴性に変えて社会をドライブしていく人は、無防備な人を知性の傘の下から引きずり出そうとする。

 

とはいえ弱いものを守ろうとする人だって、いつもいつもコンディション万全という訳にもいかない。踏んだり蹴ったりの薫くんのように、打ちのめされそうになっている時もある。

 

そこを救うのが赤頭巾ですよ

作中には薫くんが「いい」と思っている価値観が、平易なことばでズラズラ並べられていて、それはつまりズラズラと並びたてられるほど、知性や何かについて考え抜いてきた思考の軌跡。こうありたいと強固に考え抜いてきた理想に、最短距離で届きそうだった進学への道が断たれ、かなり滅入っていた薫くん。うっかり世の中を、恨みつらみ妬み嫉みの憎しみ色に染めてしまいそうになるところ、銀座の雑踏で小さな女の子に会って救われる。

 

生爪はがしてる左足を、思いっきり踏んづけた女の子なんだけどね。

 

積み重ねてきた努力が報われなかった時や、あるいは自分にはどうしようもない事情で夢が叶わなかった時。それまでの反動で、世の中を恨みそうになることは珍しくない。世の中を恨んで暗黒面に堕ちそうになった薫くんを、正気に戻したのが、小さな女の子。薫くんはその子のために、数ある赤頭巾ちゃんのお話の中でも、取っておきの一冊を選んであげる。

 

自分よりも大きな存在に阻まれ思うようにならなかった時は、大きな存在に憎しみをぶつけそうになる。そうじゃなくて、自分より小さな存在に目を向けて、その子がのびのびと気持ちよく過ごせるように振る舞おうよという象徴が、赤頭巾ちゃん。小さな存在に目を向けるのは、強い風や日差しや雨から守るように、無防備な誰かを守る知性のあり方により近い。

 

心身のコンディションが不調な時は、自分が本来望んでもいない路線、後悔しそうな道を選んでしまうこともある。だけど、心の中に薫くんにおける赤頭巾ちゃんのような存在があれば、当初思い描いた理想を踏み外すことなく、理想に近づいていける。

 

失意や想定外のできごとに翻弄される薫くんの一日を追体験することで、ピュアな理想をより強固なものに変えていく、ヒントが得られるようになっている。

 

知性の傘を差し掛けてくれる人たちに、何度も助けられた。強い知性は優しさに限りなく近付いて、誰もがのびやかに過ごせる場所を、知らずに作り出している。それが知性のおかげだと知っていれば、知性を軽んじることもない。

 

おまけ

『赤頭巾ちゃん気をつけて』を先に読んでいたおかげで、十二国記『月の影 影の海』でこんな台詞に出逢った時にも、モヤモヤかつニヤニヤできる。

そこはわたしが革命に失敗して逃げ出してきた国です

 革命を起こそうとした人たちの背後には、薫くんのように進路を閉ざされ苦悩した人が何人も居たんだな、と。書かれざる出来事も脳内で勝手に補完できる。壊すことは一見派手でカッコよく見えるけど、そのおかげで新しい苦悩も生まれる。忖度し過ぎるのもアレだけど。

 

複雑に考え過ぎると思考の袋小路に迷い込んで、出られなくなることもある。そんな時でも初心、スタートラインにあっさり立ち返ることができる一冊が『赤頭巾ちゃん気をつけて』で、何度もお世話になった。

 

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
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お休みなさーい。