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クローズドなつもりのオープン・ノート

~生きるヨロコビ、地味に地道に綴ってます~

過剰な愛情は成長の妨げにもなるよねという感想

さっぽろ大通ビアガーデンもオープンした初めての週末。

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曇りのち雨のいまいちな天気で残念。夏らしさはさっぱり味わえないまま、カレンダーだけが夏を邁進中。
 
 
二つの記事を読んで、思ったことを備忘録的に。

d.hatena.ne.jp

gigazine.net

商売のタネに過剰な愛情を持たない方が、大きく成功するというエピソード。コピペした小説&自作自演の拡散でアマゾンのジャンル1位を勝ち取った話にまんまつながる。
 
 
今はもう読まれもしない古い小説を継ぎはぎして、自分の作品と偽り、作家としてのプロフィールもでっち上げ。レビューも自ら書き込んで宣伝につとめてランキング1位を獲得。そのジャンルが好きな人から見たらふざけるなと思う手法で、成果を収めてる。
 
 
過去の作品に対してのリスペクトもなければ、ファンからの支持もあてにしてない。ただランキング1位という看板を手に入れて、成果を上げている。ファンを楽しませるためなんてことは置き去りにして、成果を獲得するための攻略法を考えて、最短距離を突っ走っただけ。ランキングやスコア上げの対象として、KDP で遊んでるだけにしか見えない。

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 商売のタネに過剰な愛情を持たないと、多少評判が悪かろうがこき下ろされようがヘーキ。そこには愛がないから、痛くもかゆくもない。痛くもかゆくもないから、平気で不評を買いそうなことにもチャレンジできる。これすべて、愛情がないゆえにできること。愛情があったら、不評を買うのに耐えられない。耐えられ ないから、「より良く」をめざしてコスト度外視で改良に取り組んだりする。
 
 
商売のタネだったら、コスト感覚は欠かせない。コストと愛情と。その均衡点を探る手間から、愛情をばっさり切ったらそりゃ効率も上がる。
 
 
実用品だったら、効率で出来上がったものでも愛される。非実用品、あってもなくてもいいものが、効率だけでできてると知ったら、それが「好きな人」から先に離れてゆく。好きだからそこに集ってた人たちは目利きでもあるから、その場における目利き力みたいなものも薄れてしまう。

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 アマゾンで買うと段ボールがもれなくついてくるのがイヤで、電子書籍は買うけど紙の本はできるだけ本屋で買う。代替手段があるから、アマゾンレビューにも重きを置いてない。
 
 
一部の都市を除けばただ広大な土地が拡がっているようなアメリカで、しかも娯楽の手段も限られているのにアマゾンのようなシステムが信頼できないと、QOLが一段と下がる人も日本以上に出てくる。
 
 
商売のタネに愛情を注がないゆえに成功するコンテンツメーカーを駆逐しないと、アマゾンでさえ代替手段に駆逐されかねないから、信頼できないレビュアーの駆逐にも乗り出すのかな、と。あるいは、ジャンルそのものを駆逐して、手間のかからない経営めざすとか。アマゾン、高価なものも売るようになって、本にこだ わる必然性も薄れてきた。

www.gizmodo.jp

 
イ ンターネットの本屋さんという自身の立ち位置に過剰な愛情がなければ、その看板もあっさり下ろしそう。愛情とコスト感覚が両立する時にだけ、好きなものを 商売にしてもそれなりに成功するのかな、と。過剰な愛情は、かえって自滅を招きそう。そんな余計なことを考えながら、週末もお字書きしてる。いい週末 や。。遊びに行きたい。
 
お休みなさーい。