岡山県真庭市勝山にあるパン屋さん*1『タルマーリー』の看板商品は、酒種で作る「和食パン」。天然麹から仕込んだ酒種で作ったパンで、もっちりとした食感と自然な甘みが特徴だそう。写真で見てもとっても美味しそうだった。
人生どん底の著者を導いたのは、天然菌とマルクスだった。どうしてこんなに働かされ続けるのか?なぜ給料は上がらないのか?自分は何になりたいのか?・・・・・・答えは「腐る経済」にある。次の時代の生き方を探る、すべての人へ。
回り道をしたあと30歳でサラリーマンに、そして脱サラして街のパン屋さんに勤め、田舎でパン屋さんを開くまでを描いた本書。田舎暮らしに成功した僕ってすごい物語なのかと思ったら全然違った。世の中を見つめた、もっと大きな物語だった。
パン屋の仕事を通して、長時間労働低賃金のいわゆるブラック企業がなぜ無くならないのか、その仕組みから「外」に出るにはどうしたらいいかを、「借菌」「菌本位制」なんて愉快な用語を用いながら、マルクス経済学と絡めて解き明かしていく。そのスタイルがとても面白かった。
著者がめざしたのは、今ある世の中の仕組みの「外」に出ること。その答えが「腐る経済」をめざすこと。でも「腐る経済」って一体何のこと?
「腐る」ってあんまり語感が良くない。一見腐らない方がいいように感じる。だからここは、麹が甘酒に変わるように、ぶどうがワインに変わるように、さらに美味しいなにかを生み出す「発酵」する経済と捉えると、わかりやすくなった。新たな果実、付加価値を生む経済を著者はめざしてる。
「腐らない経済」だと、バブル崩壊や大恐慌といった一種の自浄作用でさえ起らず、リセットさえできない。腐らないお金、金融資産は貯まる一方で、出口を求めた 大量の資金が一箇所に集中すると、原材料費の高騰に繋がって、一介のパン屋さんの生活さえ直撃する。腐らないまま、良くないね。
天然麹から酒種を作り出すまでの奮闘も描かれていて、せっかくの天然麹も、環境が、腐敗と発酵をわける決め手となることがわかる。
これ、人間も一緒だと思う。
せっかく高いモチベーションや能力があったとしても、環境が整っていなければ宝の持ち腐れとなってしまう。環境が合わずに腐ってしまった人間が、そのまま組織に留まれば、その組織をも腐らしそう。
著者は美味しい酒種パンを作るために、まず菌を探した。野や山に出ても思うような菌は採取できず、発想を変えて、菌が降りてくる「場」を作ることにしたら上手くいくようになったとあった。
出雲(島根県)と姫路(兵庫県)を結ぶ、出雲街道の要衝である勝山の街は、古民家が軒を連ねるフォトジェ二ックな街。名水『塩釜の冷泉』もある。伝統が今に息づく職人の街でもあって、手に職のある著者の移住は、どうやらスムーズにいったみたい。
勝山には農業をする人がいて、パン屋さんがあって、レストランやワイナリーがあって。地域による6次産業化は完成しつつあるように見えた。何でも現地調達できる仕組みがあれば、外部要因でゆらぐこともなく安定するからいいこといっぱい。
高いモチベーションや能力も、場がなければ何かを生み出すことはない。地域を巻き込んで発展へと導く、天然酵母のような著者を得て、勝山の地はこれから大きく変わるのかも。
そういう意味で、日本の辺境で「革命」が起きようとしているというフレーズも、決して大げさではないように思った。これからもそういうパン屋さんを見つけたら、「正しく高く」お金を使って応援したい。